文字数 778文字

暖かい日だった。
町で一番大きな病院の中庭、背高のっぽの木の下で、ぼくは一人苛立っていた。
「大人はみんな嘘つきだ!」
体中の怒りのエネルギーを拳に集め、目の前の木にぶつける。
「いてっ」
八つ当たりした怒りはそのままぼくへと返ってきた。
すごく痛い、手がじんじんする。
見ると、ぶつけた箇所が赤くなって血が滲んでいた。
負傷した手をもう一方の手で庇い、痛みを堪えながら木を見上げた。
睨みつけるぼくのことなんて知らん顔、木はびくともしないで平然としている。
ライオンの尻尾に猫が少し触れた、みたいな感じ。
「はぁ」
大袈裟なため息をつき、仕方なく木の根元に座り込んだ。
すると、病院近くのグラウンドから歓声が聞こえてきた。
やけに騒がしく、盛り上がっている。
全然気が付かなかった、何の競技だろう。
運ばれる声を集中して聞いた、何の競技かはすぐに分かった。
「サッカーの試合だ」
ぼうっと遠くから届く応援を聞いた。
どのくらそうしていただろう、耳を澄まして熱気を帯びた歓声を聞いていたら、無性に動きたくなってきた。
立ち上がって、目を閉じ思い出す。
この前開催された、隣町のサッカーチームとの親善試合。
同点のまま残り五分を迎えたところ。
両チームとも、焦りからゴールが決まらない。
さっきも相手チームのエースがゴールを外し、ボールがタッチラインの外へと転がった。
ぼくたちのチームがスローイン、けどパスが繋がらず、味方に渡る前に相手チームに奪われた。
ボールを取り戻そうと必死に追いかけ、何とかボールを取り返す。
仲間がパスを繋いで、ボールはゴール前にいたぼくの所へやってきた。
周りに敵チームは一人もいない、ゴールするなら今だ。
ぼくは素早く相手ゴールを確認すると、右足でボールを力強く蹴った。
見事ゴールネットに収まり、歓声が上がる。
どうだ見たか、ガッツポーズだ。
『ガサッ』
その音に、ぼくははっと我に返った。
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