文字数 677文字

飛んでいったのはボールじゃなくて病院のスリッパ。
軽いスリッパは遠くにというか至近距離を高く飛び、そのまま近くの植え込みに落ちたのだ。
ここは病院、ぼくは病人、よくやったと称えてくれる仲間の声も、観客席からの歓声も無い。
背高のっぽの木だけが、ぼくを冷めた目で見下ろしていた。
一気に現実に引き戻され、視線も顔も下を向く。
ぼく、なんでここにいるのだろう?
病院なんてところにいなければ、あんな風に今頃友達と思い切りサッカーをしていたはず。
スパイクだって買ってもらったばかりだった、黒とオレンジの格好いいやつ。
前の入院のとき「頑張ったご褒美に」って、買ってもらったスパイク。
その時はお父さんもお母さんも「この入院が最後だ」って言っていた。
だけどまた入院になった。
なんでだよ、ぼくはこんなに元気なのにさ。
近くのグラウンドから、また大きな歓声が届いた。
ほんの少し前まで自分も普通にいた場所、でも今はどんなに頑張っても、どんなに手を伸ばそうとも、自分には絶対に手に入れられないものって気がしてたまらなかった。
だんだんと胸の辺りがチカチカしてきた。
やがて、やり場のない怒りが全身を駆け巡った。
「あーーー」そう叫んで頭をくしゃくしゃと掻きむしる。
イライラは止まらない、でも誰に何をぶつければいいのかも分からない。
感情を言い表せられないのに、思考はいつだって止まらない。
喉まで迫ってきた何かは言葉にならずに喉元にへばりついたまま。
怒りで呼吸し辛い、苦しくなって寝転び、大の字になった。
このままここで寝てしまおう、そう思ってふとずらした視線の先、地面をじっと見つめている子がいた。
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