文字数 737文字

『小児科』診察室①、聴診器でぼくの体を診ながら、お医者さんは数日前から同じ言葉を繰り返している。
「手術すれば、今度こそ本当に善くなるんだ」
銀縁眼鏡をかけていて、真面目な顔をしていて、冗談はあまり言わないし、話も面白くないお医者さん、けど、この先生とは自然に色々な話ができる。
友達のこと、サッカーのこと、学校のこと、あと教科書には載っていない薀蓄とか。
お父さんとお母さんの話では「若いけど、とても優秀なドクター」らしい。
先生は聴診器を耳から外すと、机の上のパソコンで作業しながら続けた。
「昨日も言ったけど、もう入院しなくてもよくなるし、サッカーだって思い切りできるよ」
先生はキーボードをカタカタと忙しなく操作している。
口と手で違うことをするって難しくないのかな、そんなことを考えながらぼくは返した。
「それ、前の入院の時にも聞いた」
「だけど、手術の話はしなかっただろう?」
「うん」
「手術、受けてみないか」
手を止めて、体ごとぼくの方を向きながら、先生は真剣な顔で言った。
ぼくは下唇を噛んで俯いた。
先生は鼻からちょっとの息を吐き出すと、優しい顔になった。
「君の手術はさ、俺の大学時代の先輩が担当する。今は遠い外国でお医者さんをしているのだけど、今度少し日本に帰ってくる。すごい人で、ゴッドハンドって言われている人だ」
「ゴッド、ハンド、神の手?」
「優れた腕前ってことさ。きっとうまくいく」
自信に満ちたその顔は作られた笑顔だったけど、話していることは嘘じゃないって思えた。
だけど、何も返せなかった。
不安なんじゃなくて、覚悟ができないからだって自分でも分かっているから。
つまりは、意気地無しってこと。
ぼくは俯いたまま「ありがとうございました」と挨拶すると、先生の顔を見ないで診察室を出た。
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