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文字数 6,816文字



前方に土煙が見えてきた。剣戟の音と喊声が少しずつ大きくなってきている。戦いによって地面が踏み鳴らされ、俺のいる跳ね橋にまで振動を伝えてくる。

先行していた第二波が、敵を引き連れて戻ってきたのだ。光属性の付与(エンチャント)は砦で行う仕組みになっており、付与には時間制限がある。光属性付与の戦闘力アップの戦果を最大にするため、先に攻め込んだ部隊は、敵を引きつけることになっている。

第三波部隊の集合場所である、砦前の跳ね橋。空堀代わりの谷を渡る丸太を連ねた橋の上に俺たちは待機していた。俺は柔軟を止め、だんだんと大きくなるばかりの土煙を見つめる。

近づいてくる戦いの音に混じって、硝子細工の羽をこすり合わせるような高い音が、後ろ上方から聞こえてくる。砦の城壁の上の魔術師部隊が、魔術砲撃の準備を始めたのだ。

『砲撃準備! 狙え!』

響いてきたのは、拡声魔術による指揮官マリーベルの声。すぐに砲撃しないのは、意図したものだ。指揮官は、砲撃効果を最大限にするために、たっぷりと敵を引きつける。攻撃的な指揮だ。

待っている間も、魔獣の波は迫り、大地の揺れは大きくなる。

『・・・放てッ!』

溜めにためた、光魔術の砲撃が砦から輝く太い軌跡になって飛びだした。

敵魔獣の波に突き刺さり、光属性の魔力を撒き散らして爆発が起こる。魔獣どもが衝撃で空に打ち上げられ、あるいは魔術砲撃の直撃を受けて浄化されて消える。魔獣の波の中に、潮溜まりのようにいくつかの空白の空き地ができた。複数人で一発を放つ魔術砲撃は、射程も威力も単独魔術とは段違いだ。

敵の乱れを受けて、第二波の部隊は撤退速度を早めた。敵に背を向け、こちらに向かって走ってくる。その間も、指揮は続く。

『積層範囲拡大魔術陣起動! 魔力充填! 50・・・80・・・90・・・支援付与魔術(バフ・エンチャント)・・・実行(ラン)!』

魔石と魔精錬の白銀で作られた錬金設備の上に輝く積層魔法陣が浮かび、魔力が広範囲の空間に満ちる。いくつかの宝石のように輝く錬金アイテムーー俺には見分けがつかないーーが、砕け散る。

それと同時、跳ね橋の上で待機していた第三波の部隊。40人ほどの人数に、一度に光属性付与がかかる。続けて、攻撃力増強、体力増強、魔力増強、速度向上の支援魔術が降ってくる。最後に支援魔術持続の魔術。これだけ豪華に強化魔術を重ねられると、自然と気分も高揚してくる。

『第三波、出撃!』

第三波部隊は歓喜の声にも聞こえる雄叫びを上げ、跳ね橋から飛び出し突撃ていく。俺も遅れないように走り出していく。背中に遠くなる砦から、また魔術砲撃の光条が飛び出し、次の瞬間には魔獣たちを吹き飛ばしていく。

援護の砲撃を受けながら、俺たちの部隊は、退却してくる第二波の部隊とすれ違い、入れ替わる。

「お疲れさん!」
「頼むぜ!」
「さがって休んでな!」
「いいとこ持ってきやがって!」
「・・・」
死の舟渡し人(カロン)が出たぞ、気をつけろよ!」

言葉の切れ端とアイコンタクトだけの引き継ぎを終え、第三波の部隊は魔術砲撃で混乱している魔獣の群に飛び込んでいく。死霊牛、魂喰らい、死霊騎士、地獄兵士、不死吸血鬼・・・。

そして、気づけば、俺は先頭の一団にいた。俺は頼もしい光属性の付与の効果を感じながら、背中から引き抜いた双剣を引き抜いた。


傾いてきた太陽。息がつまりそうな腐臭。声なき音。
そして、駆ける俺に向かって振り下ろされる、巨大な戦斧。
だが、支援効果の重ねがけのおかげで、きっちりと反応できる。
俺がもし足を止めて半身を引けば、この攻撃は簡単にかわせる。
だが今は、あえて加速した。

攻撃をかわすために足を止めれば、突進速度が遅くなるのもあるが、それ以上にいまは戦意が高揚していた。

斧は俺の髪をかすめた。

頭の天辺に鋭い風圧を感じながら、身を低くして戦斧をくぐり抜ける。
不死者でも焦るのか。牛のような頭蓋骨を頭にのっけた不死者が、自分の腰の高さほどの背丈しか無い俺の突進にたじろぐ。
そのたじろいだ一瞬で充分。俺は敵の股下を駆け抜ける。
ついでに、行きがけの駄賃だ。双剣で敵の足を撫で斬り、切り飛ばす。

「・・・・・・・!!!」

片足を失い、地面に倒れ込む牛頭の巨人を気配。そこに後続の誰かが攻撃を叩き込んだのを気配だけで感じながら、俺は振り抜いた双剣を背中に収める。
ノータイムで、腰の双銃を引き抜き撃ち放つ!

弾倉から出る弾は通常弾(ノーマル)だが、今は不死者によく効く光属性のエンチャントが乗っている。だから敵にさえ照準できればいい。銃口を前方に向け、引き金を引く。弾丸は輝く軌跡とともに、敵を貫いていく。

攻撃が通る充分な手応えとともに、敵の陣形が崩れ、勢いが弱まる。
俺はすぐそばにあった木を駆け上ると、手頃な枝から別の木へと飛ぶ。
身を宙に投げている間、眼下に見えるのは不死者たちの群れ。上を取った。

(<円環の雨弾(サークルレイン)>!)

引き金を引き絞り、光属性の乗った弾丸を自動連射で広範囲にばらまく。
上方からの攻撃で体勢を崩した不死者たちを、後ろから続く冒険者たちが次々と止めを刺していく。槍、剣、斧、拳、至近距離の魔術・・・。冒険者たちが敵を蚕食していく。

次の枝に着地。銃から双剣へ武器変更しながら、眼下の戦場で良さそうな場所を探すと、勢いをつけて飛び込んだ。

双剣の斬撃が光の尾を引く。落下の勢いもつけて大型の不死者を唐竹割り。着地の隙を狙っていた死霊騎士のランスを、俺は上体を大きくそらしてかわし、左足を軸足ににして体を背中から回転。その勢いで一太刀入れる。今度は前に出した足を軸足にしてもう一回転。

光の斬撃が二撃入り、死霊騎士を青い粒子に変える。さらに前に出て二台の食人鬼(グール)に接敵。有無を言わさずに前の一体を左手の剣で切り下げ、さらに後ろの一体に右手の剣を突きこむ。2体も青い粒子になって爆散する。

(いける・・・!)

上級不死者(アンデッド)を簡単に屠れる攻撃力に、思わず笑みが溢れる。おそらく、同じ感想を他の冒険者たちも持っているだろう。それだけ支援効果が強力なのだ。

少し離れた敵にはすかさず銃弾を撃ち込み、
刃圏に入れば双剣を振るい、敵を屠る。
切り下げ、切り上げ、横薙ぎ、突き刺し、銃撃・・・。


三体が一度に消える。だがこれでは止まらない。少し離れた距離の敵にはすかさず銃を撃ち込み、刃圏に入れば双剣の餌食だ。俺だけでなく、どの冒険者も優勢に戦いを進め、敵を押しに押し、気がつけば要塞が見えないところまで来ていた。作戦通り。大いに順調。

だが。切りつけた双剣の、手応えが途端に鈍くなる。

光魔術付与の効果が切れた。時間切れだ。

こうなると、単発の急所への一撃(クリティカルヒット)では倒せない。不死者一体を倒すのに、何度も斬りつける必要がある。

俺の背丈よりも長い槍が、俺の頭上から振り下ろされた。重量のあるそれをかいくぐりながら跳躍し、敵ーー死霊騎士の頭部へ双剣の連撃を叩き込む。ダメージは通っているが、倒せない。骨馬に乗る死霊騎士は槍を捨て、腰のレイピアを抜いて鋭く突いてくる。これを宙で体を入れ替えてなんとかかわし、着地。

すぐさま抜銃して撃つ。だが光属性を失った弾丸は、死霊騎士のマントに巻き取られた。痛みを感じない死霊騎士は、俺の銃撃をものともせずに、細剣を突き入れてくる。なんとかかわすが、それは誘導だったようだ。続けて不死者のものとは思えない、鋭い蹴りが襲ってくる。

反射的に俺は刃を交差させて蹴りを防いだが、勢いに負けて後退した。そこへ鋭い刃のような氷片が音を立てて俺を襲ってくる。別の死霊が放った魔術だ。俺は後退を続けてなんとか避ける。

味方の誰かが放った火球が、俺が相手をしていた死霊騎士たちにあたり、火柱を立てた。俺も追い討ちとばかりに銃を撃ち込む。

大きくダメージを与えたはずだが、まだ倒せていない。再度飛び込もうと身構えたとき、そこを死霊忍者に狙われた。

急降下してくる二本の短刀。受けることもかわすこともせず、刃が届く直前で、俺の双銃が火を吹く。弾丸の衝撃で相手の体を浮かせ、そして相手が空中に居る間に、今度は双剣を連続でたたきこむ。地面に叩きつけるように体を捻って一撃。敵の体が跳ね上がったところに技を叩き込む。

<銀狼牙!>
二本の双剣を、一本は上から、一本は下から叩き込む技だ。

だが手応えは重い。
その間に、別の不死者が近づいている。
「くっ!」
最後にはダメージを与えた死霊忍者を蹴り飛ばし、強制的に距離を空ける。

そこで、別の冒険者が追いついてきた。炎魔術と光魔術が魔獣の群れに打ち込まれる。不死者は一般に光に弱く、光ほどではないが炎にも弱い。そして光魔術の使い手は少ないが、炎魔術の使い手は多い。

「またせたな」
追いついてきた冒険者の一人が俺に声をかけてきた。
「いや、助かった」
俺は正直なところを言う。光属性付与が切れた今、敵ひとりですら仕留めることが難しい。助けられなければ、危ないところだった。
「礼を言うのはこちらだ。先行して敵の陣形を崩してくれて助かる」

そんな会話をしている間にも、後衛から炎の弾と光の矢が魔獣たちに降り注ぐ。
こうなれば、陣形は決まっている。炎魔術を攻撃主体とする後衛を主攻とし、前衛物理職は敵の攻撃を防ぐ盾になる。俺は無論、盾側だ。


魔銃の弾倉を通常弾から炎弾に切り替える。俺の魔力ではたいした威力にはなりはしないが、多少はましになるだろう。そこに。

腐れ竜(ドラゴンゾンビ)が出たぞォー!!」
同じ部隊の誰かの声に顔をあげ、ぞっとする。
魔物の軍隊のなかに、ひときわ大きな肉塊が見える。それは小さな山のよう。

ところどころ覗く白い骨に腐った肉をまとわりつかせたそれは、腐食の息を撒き散らし、味方のはずの不死者たちを踏み潰しがら、ゆっくりとこちらの向かってきている。

腐れ竜(ドラゴンゾンビ)と言えども、膂力や体力は生前のそれを上回ることもある。加えて、ドラゴンは魔獣でも知能の高い存在だと言われるが、腐れ竜(ドラゴンゾンビ)も死してなお思考能力の残滓があると言われる。

手強い相手だ。

骨の翼を広げ、首を高く掲げた。戦いの雄叫びを思い出しているのだろうか。だが声帯も肺も腐り落ちていて、雄叫びは出ない。だが、音なき声が、逆に不気味だ。

幸いなのは、接敵まで距離があること。100ミード以上は離れている。

腐れ竜(ドラゴンゾンビ)の攻撃の手札は知れない。だが、俺の魔銃だったら有効射程圏内だ。そしてこいつは、炎にも弱いタイプのアンデットだ。俺の炎弾でも多少の効果はあるはずだ。

俺は手近な丘に登って高所を占める。そこから腐れ竜(ドラゴンゾンビ)が見えることを確認すると、魔銃の魔力充填を最大にしつつ、狙撃した。魔力が拡散しないように、可能な限り魔力を収束させ、落下軌道も計算して、5発撃った。バックファイアと反動を押さえ、魔銃から飛び出た炎弾は炎を撒き散らしながら、山なりの放物線を描き。

腐れ竜(ドラゴンゾンビ)に全弾命中。炎があがる。

叫び声は聞こえない。しかし、俺程度の攻撃でも、最大威力ならばそこそこ効果はあるようだ。腐れ竜(ドラゴンゾンビ)の巨体が、炎を嫌がるようにたじろいだ。腐り落ちた眼窩と一瞬だけ視線があった気がした。俺の肌がちりちりとした感覚が走る。

ほぼ同時、腐れ竜(ドラゴンゾンビ)周囲に魔法陣が浮かぶ。そしてたいした溜めもなく、魔術が発動する。流石に上位種だ。即座に対応してきた。

生前、どういう特性をもっていたかで、ゾンビの攻撃手法が違う。こいつは風魔術が得意なタイプだったらしい。

闇をまとった黒い雷が広範囲に降り注ぐ。魔術には詳しくないが、上位魔術に違いない。

幸いなのはゾンビ化して魔術操作の精度が落ちている。それに魔術というものは、距離が離れるほどに拡散して弱まる。結果、腐れ竜(ドラゴンゾンビ)の魔術を、味方はなんとかしのいだようだ。黒い雷が降り注いだあとも、冒険者たちは変わらず戦い続けている。むしろ、見ていると黒い雷は不死者のほうにより多く当たっているように見えた。やつらは属性の関係で食らってもほぼ無傷のようだが。

次の狙撃場所を探している間に、俺の真似をして、仲間たちの遠距離攻撃が腐れ竜(ドラゴンゾンビ)へ向けて放たれていく。射程拡張した魔術攻撃、光や炎を付与した矢や銃弾。横殴りの驟雨のように腐れ竜(ドラゴンゾンビ)に突き刺さっていく。

腐れ竜(ドラゴンゾンビ)に限らず、ドラゴン種は高い攻撃力を誇る。もしあのサイズの腐れ竜(ドラゴンゾンビ)に接近されれば、生半可な盾役では、攻撃を受け止め切れない。

だが、盾役にそんなリスクを犯してもらう必要もない。相手の動きが鈍いのだから、接近される前に倒してしまうのが正解だ。

他の冒険者たちと意思疎通を行ったわけではないが、意図は共有できたらしい。後衛からの最前線への支援弾幕が薄くなり、その分、腐れ竜(ドラゴンゾンビ)へと弾幕が集中しだした。

光属性と贅沢を言わず、炎属性ならば、大半の冒険者が扱える。この調子なら質より量で押し切れそうだ。

そう予測したとき、腐れ竜(ドラゴンゾンビ)の足元で爆発が起こった。地雷アイテムだろうか。誰かが大きい攻撃で腐れ竜(ドラゴンゾンビ)の足を吹き飛ばしたのだ。これでもともと低い機動力がさらにさがり、動かない的同然。


「動きを止めたぞォ! 一斉にいけェーーッ」

誰かの声。この場に参加しているのはただの冒険者でも、上位のものたちばかりだ。戦機を読み違えるほどのろまではない。

「応ッ! よくやった!」「わかっていますわ!」「オレ様につづけぇー!」
体系だってはいないものの、個性的な声が飛び交い、攻撃が倒れた腐れ竜(ドラゴンゾンビ)がに集中する。

飽和攻撃だ。

最後のちからを振り絞ったのか、ぐぐぐと首をもたげた腐れ竜(ドラゴンゾンビ)の周りに、また例の魔法陣がいくつか浮かび上がったが、今度はすべての陣が完成する前に消えた。冒険者の集中攻撃が押し切ったのだ。

そしてさらに攻撃は集中しーー。

音もなく、腐れ竜(ドラゴンゾンビ)が弾けた。腐った肉体は青く輝く粒子になって、戦場に降り注ぐ。高位のものほど、倒したときに出る青い粒子が多くなる。ちろちろと冒険者への慈雨のように降り注ぐ、幻想的ですらある青い輝きが、霞のように戦場を漂う。

だがその輝きを楽しむ余裕はさらさらない。倒したあとにも続いていてくる不死者達の群れを、俺を含めた冒険者たちは押し止めるように戦う。

弱点属性を突けなくなると、上位不死者はとんでもなく厄介な相手だ。だが熟練の冒険者達は苦戦しつつも防衛線は崩すことはなく。一進一退にまで持ち込んだ。

じりじりと敵の軍勢をすり減らし、こちらも体力的にも魔力的にもきつくなりかけてきた絶妙なところで、背後に残してきた要塞から、一筋の煙があがる。撤退の合図だ。

「撤退だ!」

声をあげたのは、第三波の隊長を務める重騎士だ。これまで目立たなかったのは、壁役としてずっと敵の軍勢の攻撃を引き受けていてくれていたからだ。分厚い魔導鎧に身を包んだ彼女がいなければ、俺たち攻撃役(アタッカー)も戦うことはできなかっただろう。

だが、戦場というのは、進むよりも退くほうが難しい場所だ。

俺は駆け出すと、壁役たちを飛び越し、敵の軍勢の前に出る。

「大きいのを入れる! その隙にさがってくれ!」

言いながら、魔力を体に充填。風の魔法陣が自分の魂に刻まれ、魔力がたぎってくる。脈動を体から二本の刃に伝え、短い間に呼吸を整える。使うのは、剣技と魔術の合わせ技だ。

まず走りとばかりに、ふたつの斬撃が、緑色の魔力をまとった風圧とともに地を疾走る。溜めが短く、連撃できるというのがこの技の特徴だ。

4・6・8斬と風圧付きの斬撃を飛ばし。敵を充分に足止めしたあとに、俺はくるりと敵に背中を向けると、駆け出した。それが合図とばかりに、後衛からだろう、魔術砲撃が一幕、敵陣に撃ち込まれ、そして後衛も撤退。

よし。任務達成だ。俺たちは冒険者。妙なプライドは持ち合わせていない。ここからは散開し、それぞれが要塞へと退く手はずになっている。

魔術砲撃で立ち上る火旋を背中に感じながら、俺は一目散に駆け出した。
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