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文字数 2,732文字



新しい茶葉を入れ直し、薄い琥珀色の液体を白磁のカップに注ぐ。ふわりと湯気のたったそれを、勇者の傍らに静かに置くと、ありがとう! と元気の良い返事とともに、皿とともにカップを持ちあげ、お茶をひとくち。作法に則っているけど、動きが素早く元気がよい。おいしいね! と付け加えるところまでが一連の動作らしい。俺も恐縮し礼を返す。

いつもの4人がけの大木の卓。みんなの分のお茶を準備し、お茶受けは例の焼き菓子を放出する。なんとなくよく食べそうな気したので、大皿に盛り付けて卓の中央に置く。

「マリーベルは、勇者の一党だったのか?」
「そうだよ! ヴァルハラの戦友なんだ!」
マリーベルに聞いたが、元気よく答えてくれたのは勇者アリシアだった。
「とは言っても、あたしは何度か臨時雇いで手を貸しただけよ。北国ベルファスの噴火と西の岩山帯スプリトの噴火の2回だけ」
髪に手を入れながら、マリーベルが訂正の合いの手を入れてくる。
「でも、準備の冒険の期間も入れれば、結構一緒に居たよね! 合わせて半年くらいかな? 楽しかったよね!」
「貴女は、あれが『楽しかった』で済まされるの? ダンジョンにたどり着くまでの旅ですら、険しい岩山の細い道で延々と襲ってくる飛竜を撃ち落としながら隊商を守ったり、雪山でビッグフットの大群に追われた上に遭難して死にかけたり・・・」
「いやーあれほどのスリルはなかなか味わえないよね! 人生において得したよね!」
「本番の大噴火では予想の規模をはるかに越えた量の魔獣が出てくるし・・・」
「ほんと、倒しても倒してもきりがなかったね! 魔獣の津波? みたいな? でもそれをほとんどやっつけたのはマリーちゃんじゃん! ばーんどかーんって!」
「あれはあらかじめ準備してたから出来たことよ。極火炎石を核にした連続多層型魔術地雷を、魔獣の”波”の通り道に設置していたのを連鎖的に起動しただけよ。・・・あたしは雑魚を処置しただけ。ヌシを倒したのは貴女でしょ」
「あははは、そうだった。でもあれは気持ちよかったねー。親玉までの道がばーっと空いてさ! マリーちゃんがいなかったら、ぜったい親玉までたどり着けなかったね!」

どうだか、と言いながら、舌を噛みそうな攻撃魔術を仕掛けた錬金術師は、お茶を口にする。なんとなく察していたが、マリーベルは錬金術師としてかなりの腕前なんだな。

「でさっ。用件はもうわかっていると思うけど・・・って、あれ?」
錬金術師の方を向いて話をしていた女勇者が、ふと俺を見て。言葉を止めた。
なんだ? 俺を見ているのか?
よくわからないが緊張して、背筋を伸ばす。
「気にしてなかったから気づかなかったけど」女勇者の口元が静かに動く。「アナタ、強いね?」

女勇者の視線が俺に当たる。
その瞬間、背筋が総毛だった。
なんだ? 今のいままで、談笑してただけじゃなかったのか?
目が・・・こちらを見る女勇者の目が・・・違う。はしばみの色は同じなのに、真っ暗だ。深い闇。深淵の底を覗きこまれているようなそんな瞳。・・・いや、覗き込んでいるのは、俺のほうか? 覗きこまされ・・・

「ッ!」
「ディルク! どうしたの!」

俺が重い椅子を蹴り飛ばしつつ後方へ距離を取るのと、ネージュが俺の無作法に非難の声をあげるのはほぼ同時だったと思う。

だが、俺のほうはそれどころではなかった。心臓が早鐘をうち、冷や汗が体中から湧き出て、額にも滴っている。気づけば、口のなかが、からからになっていた。

「ほぅら、やっぱり。いい反応」
女勇者アリシアは、優雅に足を組み替えると、ティーカップに口をつける。
「アリシア。やめなさい」
「もう止めてるよ。値踏みもできたし」
錬金術師の指摘に、女勇者が軽く答える。
俺は額の汗を袖でぬぐう。

値踏み・・・? さっきのプレッシャーがそうか。深い森の底で世を覆うような巨獣に出会ったかのような圧力。さすが勇者というか、何をされたのか、どうするのかが正解だったのか、俺にはまったくわからない。が、女勇者のおめがねには叶ったらしい。

「ディルクさんも、今回の潜戦に参加してよ。良い役割を用意するよっ。マリーちゃんも一緒だから、いいよね?」
「ちょっと」マリーベルが声をあげる。「あたしが今回の討伐に参戦するなんて言ってないでしょ? もう予定は入っているの。あたしは討伐準備のために光属性のアイテムの大量注文が来ているから死ぬほど忙しいし、当日はギルドの参謀本部付きなのよ」
「えー? だってマリーちゃん、ツンデレさんだけど友達想いの優しい子じゃん。なんだかんだ言っても最後は快く引き受けてくれるんでしょ?」
「誰がツンデレさんで友達想いの優しい子よ! それはそれとして、別の役割がすでに決まってるって言ってるの!」
「ディルクんも参加するって言っているから。やっぱり知っているひとと一緒だと、楽しくなるよね?」
「まだディルクは何も言ってないでしょ? それに勝手に変なあだ名を初対面の人につけるの、前から言っているけどやめなさいよ。ていうかあたしの話聞いてる? ねえ聞いてる? お願いだから聞いてよ!」

えーディルくんってちょっとクんって感じがくんって感じで可愛いでしょ? などとぶーぶー言っている女勇者。なんていうか、ノリが軽い、ちょっと軽すぎる気もするが・・・。

とにかく、事務事項として、俺はこちらの事情を伝えることにした。適正な装備がなければ、さすがに上級ダンジョンの潜戦には参加できないからな。生命の危険のほうが大きい。しかし。

「・・・というわけなんだ」
「わかった。じゃあ、装備、貸すよ」
と女勇者はなんでもないことのように言った。
早い! そしてやはり軽い!

「あとから来る聖騎士団が、予備の装備を持っているはずだから、そこから回してもらうよ。ラっちゃんに頼めばすぐだから、だいじょーぶ。これでディルクんも参加できるね!」
ラっちゃんは聖騎士団長の名前らしい。小国の王よりも権威がある帝都の聖騎士団長をちゃん呼びとは、さすが勇者。権力者だ。

「しかし、良いんでしょうか・・・? お・・・私のような、初対面の冒険者に、そんな装備を貸していただいても?」

「いいっていいってー! ボクが決めたんだし、問題ないよ! じゃあ、決まったところでさっそくブリーフィングしよっか!」
「ちょっと、ディルクはいいとして、あたしは参戦しないから! 聞いてる?」

マリーベルの非難などどこ吹く風。あくまでも軽い女勇者。俺の事態が急展開しているなかで、彼女が懐から取り出したのは、拳大ほどの銀色の箱だった。
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