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文字数 3,583文字



城門をくぐる。もう陽が落ちている時刻のはずだが、反射した眩い光が俺の視界を一閃する。要塞の外は浮遊する魔術光源と篝火に照らされ、真昼のように明るかった。

その一方で、人口の光に照らされた領域の外は、夕闇はもはや赤色を失い、紫の帯を太く広げている。夜の静寂がひたひたと迫っている。夜の世界は不死者たちの領域だ。何もしなければ闇とともに忍び寄る不死者に、生者は命を奪われてしまう。けれどそうならないための力と技術を生者は持っていて、しかもそれらを活かす知恵も持っている。

要塞からの集中砲火を受ける不死王(ノーライフキング)が遠目に見える。予想どおり、奴はまだ立っていた。目を凝らすと、ときおり魔術障壁の力場が光る魔法陣とともに発生しているのが見えた。どうもすべての魔術砲弾を防げているわけではないようだが、どの程度弱っているやら。見た目よりも消耗してくれていることを祈るばかりだ。

城門のすぐ前、空堀を渡る跳ね橋の上に、俺を含めた特攻部隊が立つ。ちなみに、部隊は俺を含めた6名の冒険者。槍使い、大剣使い、片手剣と盾の正統派、弓使い、魔術剣士、そして双剣士の俺。わざわざ名前は挙げないが、どいつもそれなりに冒険者の間では名のしれた顔だった。

『支援部隊に告ぐ、特殊編成部隊へ支援魔術(バフ)! ありったけを!』

ウエストライン要塞指揮官、マリーベルの声が、拡声魔術に乗って聞こえる。

その指示と同時に、要塞の壁の上から、さまざまな支援魔術(バフ)がシャワーのように跳ね橋の上の俺たちに向けて降ってくる。

攻撃強化、体力強化、武器強化、速度強化、脈動回復、意識先鋭化、反射強化など・・・そして、不死者対策の光属性付与(エンチャント)が俺たちに与えられる。

『特殊部隊は、30セク後に標的に向けて突撃せよ。

支援のため直前まで要塞砲撃は続けるが、同士討ちを防ぐため、突撃後、頃合いを見計らって砲撃を停止する。

・・・どうか、勝って。勇敢な諸君らに女神の加護と祝福を』

そこで指揮官のありがたいお言葉が終わった。俺は後ろを向き、要塞を見上げると、一番上の建物に、見慣れた黒いとんがり帽子が見えた。そちらに向けて拳を突きあげてみせる。

ああ。任されたよ。

『突撃せよ!』

司令官の声とともに、俺たちは地面を蹴って駆け出した。



■■■



「ポーションいかがですかー? 傷によく効くポーションですよー。あ、こんにちは、調子はどうですか? ・・・そうですか、よかった。次は買ってくださいねー」

背中までの銀髪を三つ編みにした売り子が、世界樹の”入り口の間”を練り歩く。首から下げた木箱にはお手製の水薬の類が、クッション用のおがくずとともに詰め込まれている。

潜戦が始まってもう7日目だが、潜戦のおこぼれに与ろうとする冒険者たちは入れ替わり立ち替わりして、減ることはない。むしろ少しずつ増えているようにもみえる。

集まった人々の熱気で蒸し暑いほどの広間(ホール)を、人混みをうまくかきわけつつ、水薬の銀髪の売り子ーーネージュは慣れた調子でひょいひょい進む。

また水薬(ポーション)が売れたところで、ネージュは知った顔に出会い、挨拶する。


「あっ、ハナナさん。メルクさん。こんにちは」

やほ、と若干緊張したように手を振る、ハナナと呼ばれた重斧槍(ハルバード)使い。その横で、黒い髪の女が無表情に頭を下げた。ハナナの相棒だという神官職(クレリック)の冒険者だ。

一言声をかけようとしたところに、逆にネージュは反対側からやってきた、大柄な刺突剣士に声をかけられた。

「おお、いつぞやの水薬売りの娘さんじゃないか。また一本、上級治癒水薬(ハイポーション)を売ってくれないか」
「あ。ブランドンさん。体はもう大丈夫ですか?」

もうすっかり平気さ、とブランドンと呼ばれた刺突剣士腹を揺する。

「むしろ前より調子がいいぐらいですよ。迷宮内で一度死んで蘇ると、体を構成する小さい粒がすべて入れ替わって、若返るとも言われているんですよ」
「本当ですか?・・・はい、こちら上級治癒水薬(ハイポーション)です、毎度どうも」
「むろん、痩せ我慢ですよ。だから少し痩せたでしょう?」
 言って、刺突剣士は腹を撫でてみせる。
「えーっ? うふふ、そうかも知れませんね。よくわかりませんけど。でも、元気そうなのはわかりますよ。また迷宮に潜るんですか?」

最初はおっかなびっくり行商していたネージュだが、ここ数日、冒険者相手に行商をしているうちに、客あしらいもうまくなっている。

だが、大柄な刺突剣士が応える前に、女性の声が迷宮の間に響いた。それは、ギルド職員の、拡声魔術を使った全体連絡(アナウンス)だった。

『緊急要請。依頼ランク(シルヴァ)広間(ホール)にいる冒険者で中級以上の方は、至急、迷宮(ダンジョン)死者の王土(ネクロポリス)”に防衛線を構築にご協力ください。死者の大隊が、迷宮出入り口に向けて進軍中ーー繰り返します・・・』

「進軍中? 包囲戦はこちらが優勢だったんじゃないのか?」

冒険者の誰かの声が飛ぶ。冒険者たちが詰まった広間(ホール)は、誰彼ともなく話を、急にざわめきだした。

水薬(ポーション)を売っていたネージュでも不審に思う。今回の潜戦は、もうすぐ人間たちの勝利で終わるのではなかったのか。

『敵の一部が地中深く隧道を掘りーー包囲網を抜けた模様です。・・・既存の戦力は包囲戦を続けており、敵の激しい圧力で軍勢を割けません。至急、予備戦力での手当が必要になりました』

全体放送を行うギルド職員も、冒険者たちの動揺を捉えて説明を加えた。

『どうか皆さんーー最終防衛線(エンドライン)の構築にご協力を! また建築魔術に心得のある方は、優先して入宮ください!』

広間(ホール)に残っている冒険者たちは、たいがいが支援要員だ。迷宮に潜り続けている精鋭たちと違い、軍勢と直接対峙するのではなく、補給物資の護衛や増えすぎた雑魚を刈り取るのが主な役目だ。

ゆえに、理解が進むに従って、冒険者たちは葛藤を始めた。つまり敵戦力と直接ぶつかって勝てるのかということだ。もっと言えば、自分に被害が及ばないのかという不安だ。

隧道を通って包囲網をくぐり抜けたという敵が、雑兵なのか、それとも本命なのか・・・。だがここで戦いに名乗りをあげなければ、戦後に後ろ指をさされるのは間違いない。

やるべきことは明確だが、できればリスクを負いたくない。そんな空気が広間(ホール)を支配しつつあった。多くのものが他の者の動向をうかがっている。


「どういうこと?」

不穏な空気は感じるが、自身が冒険者ではないため、彼らの心のうちはわからない。そんなネージュは、かたわらにいた顔見知りの冒険者たちに問いを投げかけた。

答えたのは、大柄な刺突剣士だった。

「ふむ。状況だけを言うと、敵の奇襲があったということですな。迷宮の出入り口に魔獣の軍勢が到達すれば、彼らも我々の街イグドラシルがある世界、現世界にやって来れるわけですからな。盤上遊戯にたとえれば、我々は王手(チェック)をかけられたわけです」

そして、重斧槍(ハルバート)使いのハナナが補足してくれた。

「とはいえ、まだ終わりじゃない。守る時間はあるということさ」

『最終防衛線構築に参加できないの初級冒険者には支援業務をお願いします。・・・繰り返します。冒険者のみなさま、我々の街を守るために、入宮をお願いしますーー』

ギルド職員の放送が繰り返される。とまどっていた冒険者も、ようやく動き始めた。反応は大きく2つだ。

事態のーーというより敵戦力のより詳細な把握のために、情報の収集と相談に努める者。もうひとつは、寸刻を惜しんで我先にと駆け出し、迷宮に飛び込もうという者。ネージュのかたわらにいた冒険者は、後者のタイプだった。

「ふむ。こうしてはいられません!」
大柄な刺突剣士が身を翻す。積極的なのは、彼自身が上級冒険者だからだろう。

「状況なんて調べるだけ無駄だ! ごちゃごちゃ調べねーで、行ってから考える! これだ!」
「・・・ハナナが行くなら、まあ行くけど」
重斧槍(ハルバート)使いの女と、神官職の相棒も迷宮の入り口へと向かう。

戦いに参加すると決めたものは、あとの動きは円滑だった。武装した冒険者たちの洪水が、流れるように、順調に迷宮の入り口の黒い渦に吸い込まれて、迷宮へと消えて行く。

緊急事態(エマージェンシ)のため、現在入宮専用(エントランスオンリー)にしています! ご注意くださいーー』
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