第4話 同じ顔

文字数 1,112文字

「何でこんなことするの……。」
まだ床に手をついたまま呆然と聞く。萌愛は苦しそうに顔を歪めた……ように見えた。
「私だってこんなことしたくない……でも、」
ちょっとだけしゃがんで萌愛は目線を合わせてくる。そのまま片手に持っていた鞄を床に置いて、両手で私の肩を掴んだ。
「でもね!」
体に振動が伝わる。肩をそのまま揺さぶってくるんだ。
「もし!同じ顔のモデルがいたら!」
萌愛は、私の目の前に顔を近づけてきた。私と同じ顔なのに、生まれてからいっぱい見てきた顔なのに、その顔は自分の意志で動かない。
「仕事は二人で分担される、だから半分に減っちゃうでしょ!」
肩に置いた手をそのまま、下ろした髪の毛に移動。指を絡める。その様子が萌愛の大きな目に映っていた。
「私に双子はいらない!」
「痛い!」
指を引き抜かれる。まだ指に絡められていた私の髪の毛は、勢いよく引っ張られた。痛すぎる。
「もう二度と顔見せないで。」
萌愛は、鞄を持ってマネージャーさんの方を振り返った。
「お帰りみたいよ。誰にも見られないように出口までお連れして。」
「はい。」
「私はメイク直してくるから。」
「はい、分かりました。」
萌愛が部屋のドアを開ける。小さな部屋に空気が入り込んでくる。
「あ!それから!」
萌愛は振り返りもせずに言った。
「町で声かけられたら、まったくの別人で面識は無いって答えて。血のつながっている人が、そんなダサい服で外出歩いてると思われたくないの。」
パタン、とドアが閉められた。狭い部屋にマネージャーさんと私が残る。
「裏口から出ましょう。お立ちください。」
「そ、そうですね。」
裏口から外へ出る。
「では、またいつか会う日まで。そんな日ないかもしれませんが。」
「はい。」
事務所のドアが閉められた瞬間、お腹に激痛が走った。いつものやつだ。嫌なこととか、辛いことが起こった時、緊張した時とかに起こる。
「何で……。」
後は言葉にならない。萌愛は、もう二度と私と会わないつもりなんだ。もしかしたら、一緒にモデルをできるかも、なんて考えてた私がバカだったのかな?目に涙が滲んで、こぼれないように目を閉じる。
「どうなさいました?」
あれからどのぐらい時間がたったかな。体内時計が止まったみたいに、時間が分からない。
「あの、大丈夫ですか?」
少しだけ開けた目から、革靴が見えた。その片足が一歩後ろに下がり、そのまましゃがみこむ。私の視線にもうちょっと広い部分が入り込んできた。
「ちょっと!大丈夫?」
はっと顔をあげた。勝手に実況してたけど、そんな事してる場合じゃない!話しかけられたんだから!
「あ、大丈……。」
「きゃ!ちょっと!」
しっかりと覚えていたのは彼女の声だけ。私の意識はぷっつりと途切れた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

秋山望愛(のあ)

クラスで顔が可愛いと有名。


秋山萌愛(もあ)

そこそこ人気のモデル。

かっこいい路線で売り出している。

七川優花

望愛のマネージャー。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み