第15話

文字数 1,294文字

杉谷瑞希の日記-7
 さてさてこの作業も最後になった。明日は遂に地獄のような地上とお別れする日!ごめんねみんな、俺はやっぱり地上じゃ生きられない。排気ガスで鰓が汚れてしまうからね。そうだ、せっかくここまで書いてきたけどこの日記は誰にも読まれずに終わることにするよ。杉谷瑞希は最後まで綺麗なまま、それがハッピーエンドだよね!というわけでこの日記は鍵付きの引き出しにしまっちゃおう。そして鍵は俺と一緒に海の底!
最後に本部から追い出された後も俺に部屋を提供してくれたトモちゃん、ありがとう!君は昔から俺の後をずっとついてくるだけだったけどこれからは自由に生きていいんだよ。おめでとう、君は杉谷瑞希という呪いから解放された!

深海のトキソプラズマ
 結局あの寄生虫は俺を完全に蝕むことはできなかった。理性を保てなくなる前に宿主が自ら命を絶つからだ。やり残したことと言えば直也に向って俺の勝ちだと言うことくらいだろうか。まあそんなことは口に言わなくてもわかってくれるだろう。よく考えてみれば俺だって渦中の人物かもしれない。マスコミは寄生虫騒動の件について俺に色々と話を聞きたがっているはずだ。そういえば結局俺のふりをしてあの話を流したのは誰だったのだろう。でもそれも今となってはどうでもいいや。ああ、俺が死んだら混乱する人が思いのほか多いじゃないか。悲しむというより混乱する人が。悲しんでくれないならいいよ、むしろ困れ。お前らの都合のいいように動いてはやらん。杉谷瑞希という存在がお前たちにとって最大級に迷惑な寄生虫となれば良い。
 さてさてそうこう考えているうちに目的地にたどり着いたね。真夜中、一面真っ黒なはずなのに青く見える海面。こんな美しいところがあるなんて誰も知らないはずだ。理研特区が誇る天才の死場には相応しいね。
 …もうじき冬だと言うのに水に浸かっても寒くない。むしろ温かい。進むことに躊躇いはなかった。苦しいのはほんの一瞬だけ。海の中でみんなが待っている。これでようやく君たちとお話できるようになるかな。
「今までありがとう、バイバイ!」
二度と帰ることはないが17年弱お世話になった地上に手を振り青の世界に旅立った。



最後に見た地上は何色だったか…。この髪もこの目も肺や心臓まで、もはや全てが青い。だが世界が青く見えているのはただの幻想に過ぎないのかもしれない。傍から見ればただの漆黒の世界。それでも俺はそれが青だと信じ続けよう。他でもない己の為に―


羽化
風の噂で聞いたのは杉谷瑞希の入水自殺。そして一文路直也の失踪。生態研究科の若き二つの星は互いに傷つけ合い、共に光を失った。勝者は文字通り“生き”残った一文路直也か、はたまた狂気と苦しみから解放された杉谷瑞希か…。そしてどうやら不死を求めてこの地に来た王子様はまだ目的を果たしてはいないようだ。
ところでそろそろ俺はここを去るべきなのだろうか。いや、都合の良いことにこの事件によって俺を知る者はもうほとんどこの地にいない。もう少し長居しても支障はないだろう。それにまだ物語は終わっていないような気もするのだ。

to be continued…
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登場人物紹介

杉谷瑞希

科学者の国理研特区の高校生。学生ながら本部の研究者たちと研究をするエリート。容姿端麗で社交性の塊だが、実は極度の人間嫌い。

一文路直也

瑞希の唯一の親友。大財閥の御曹司だが自身はむしろ普通の人として生きたいと思っている。一族に隠された黒歴史を探ろうとするが…

白城千

『千年放浪記』シリーズの主人公である不老不死の旅人。人間嫌いの皮肉屋だがなんだかんだで旅先の人に手を貸している。

Hornisse=Zacharias

ヴァッフェル王国から留学してきた王子。振る舞いは紳士的だが、どうやらただの留学目的で訪れたわけではないようで…?

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