第8話

文字数 1,376文字

対峙
 いよいよ騒ぎは大きくなってきた。生態研究科長、いわばこの地の行政の頭である御門治が臨時会見を開いた。今まで下層民の暴動程度としか捉えていなかった彼も自身の妻が部屋に籠りきりになってようやく事態の重大さに気付いたようだ。彼女は確か超有名な大学教授だったはずだが部屋に籠って好きなだけ研究でもしているのだろうか。それはさておきそろそろ皆この寄生虫を発明した者を探し始める頃合いだろう。いや既に探し始めているだろう。正直これは正式な研究ではなかったし、加えて事故で生まれた失敗作だ。そう簡単には見つからないとは思うが俺が“一文路”ゆえにかえって疑われやすくなるかもしれない。…いっそ自首するべきではないだろうか。本部に寄生虫のサンプルを提出すれば俺より遥かに優秀な誰かが人々をもとに戻す方法を見つけ出してくれるかもしれない。俺だってこんなことになるとは思っていなかったしもちろん望んでいたわけでもない。だが怖い。これほどの騒ぎを起こしたのだ。死人だってたくさん出ている。俺は死刑になったっておかしくないのだ。今大人しく自首するか、警察や政府機関が崩壊し捜査どころではなくなるまで隠れるか…。罪悪感と恐怖がごちゃ混ぜで吐きそうだ。
 顔を上げると視界には懐かしい姿が映った。俺に彼と会話する権利はないかもしれないが必死に追いかけた。
「待って!」
彼は立ち止まってはくれたが嫌悪感むき出しの顔でこちらを向いた。
「…今更どの面下げて…。俺のことはもう放っておいてくれないかい」
「でも…」
「かける言葉も見つからないのに何故俺に話しかけたんだい。…もういいだろう、あれは誰のせいでもないし互いの為にも俺たちは一緒にいるべきじゃないんだよ」
「瑞希…」
「君のことは気の毒だと思っているよ。…じゃあね」
…少しでも期待した。でもやはり俺たちの関係は修復不可能だった。それはそうだ、俺は瑞希の将来を奪った。俺が一文路家の人間だから…。
「ああ、そうだ。恐らく誰かが生み出したであろうこの虫、俺はこれからこいつらを殲滅するために全てを注ぐから」
そう言って瑞希は去っていったが何故それを俺に言ったのだろう。確かに彼が対抗策を考えてくれるのはありがたいが…。

杉谷瑞希の日記-4
“ あの日”ぶりに直也に会った。あれはまだ俺に負い目を感じているようだったが正直それはどうでも良かった。理研特区にとっての脅威であったのは過去の一文路で直也本人ではない。にも関わらず“ 一文路”だからという理由で彼を排斥する者たちは愚かだなぁと思っていた。思っていたのだが。彼は以前情報が欲しいと言っていたな。きっと無理矢理にでも関係者に吐かせるつもりだったのだろう。しかしそれがどう転べば人間の理性を奪う怪物を生み出してしまうことになるのだろうか。ああこれだから素人によるハプニングは面白いね。…いや、今回はさすがに面白いと言ってはいられないのだが。それとも腹いせにわざとあのようなものを作った?直也がそんなことをするか?箱入り坊っちゃまかと思っていたが随分大胆な…、まあそれは今はどうでもいい。どうやら俺にはあまり時間が無いようだ。そうだな、明日あたりにでも海辺で会った少年と会話すれば少しは収まるだろうか。あんなに毛嫌いしていた人間という生き物が今は愛おしい。ああ、本当に不愉快な発明品だよ、あれは。
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登場人物紹介

杉谷瑞希

科学者の国理研特区の高校生。学生ながら本部の研究者たちと研究をするエリート。容姿端麗で社交性の塊だが、実は極度の人間嫌い。

一文路直也

瑞希の唯一の親友。大財閥の御曹司だが自身はむしろ普通の人として生きたいと思っている。一族に隠された黒歴史を探ろうとするが…

白城千

『千年放浪記』シリーズの主人公である不老不死の旅人。人間嫌いの皮肉屋だがなんだかんだで旅先の人に手を貸している。

Hornisse=Zacharias

ヴァッフェル王国から留学してきた王子。振る舞いは紳士的だが、どうやらただの留学目的で訪れたわけではないようで…?

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