25.外伝 キノのおせっかい

文字数 2,856文字

――キノ
「じゃあ、私が由宇の家に泊まっちゃってもいいかな?」
「……え、いいんですか?」

 由宇が隣の声に不安になると言っていたから、思い切って彼女へお泊りしていいか聞いてみたの。
 そうしたら、あっさり彼女は私を家に泊めてくれることになった。
 
 山岸くんと由宇の二人とはこれまでずっと「ローズ」のチャットでやり取りをしていたんだけど、現実世界(リアル)で会うのはこれで二度目なんだ。
 山岸くんはいじると面白い反応をする男の子だなあって印象だったんだけど、由宇の方は少し不安に思ったの。
 彼女はなんというか……ほっとけないって言ったらいいのかな。うまく言えないんだけど、酷く(いびつ)な気がしたのね。だから、きっかけはどうであれ彼女と二人でじっくり話し合える機会を持てたことは良かったと思う。
 
 実際に会ったことは無かったといっても、彼女とはローズで長い付き合いだから、私が少しでも力になるなら手伝ってあげたいって思ったのね。彼女はなんだろう……とても私の庇護欲をかきたてるの。
 彼女からしたらいいおせっかいかもしれないけど……
 
 そんなことを考えながら仕事が終わり彼女の家に行くと、パタパタと振る尻尾が見えると思うくらいに彼女がウキウキしているように見えた。
 と言っても彼女が表情を顔にまで出す事はなかったんだけどね。

「……梢さん、本当に来てくれるなんて……ありがとうございます……」
「ううん、由宇とおしゃべりができるって最高じゃない。こちらこそありがとうね!」
「……梢さん……」

 ぱああと笑顔になる由宇は小動物的でとても可愛らしい。思わずギュッとしたくなっちゃっう。
 
「……梢さん……」
「あ、ごめんごめん、つい」

 あちゃー、我慢できずに抱きしめちゃった。
 
 お鍋をつつきながら、私は由宇のことをいろいろ聞くことができた。彼女はポツポツとしたしゃべり方をするんだけど、それにコンプレックスを持っているようでこれまで親しいと言える友達は一人だったそうだ。
 その友達も就職で遠くに行ってしまって今は一人。住んでいるこの家の事情で、頼る人がいなくて山岸くんのところに行ったんだって。
 やるじゃない、山岸くん。こんな可愛い子に頼ろうって気持ちにさせるなんて。
 最初はそう思っていたんだけど、由宇と話をするうちに少し違うんだと私は頭を抱えることになる。
 
「そうだったんだあ。で、山岸くんのことは好きなの?」

 私はニヤつく顔を抑えられずに由宇に問いかけた。
 すると彼女は耳まで真っ赤にして、
 
「……う、うん……」

 と答えるのおお。可愛い!
 思わず悶えてしまう私に由宇が意外な言葉を述べる。
 
「……先輩もそうですが、アイさんも、梢さんも好きです……」
「え、それって?」
「……うまく説明できないんですが……『ローズ』の方々はみなさん私にとってかけがえのない方たちなんです……」

 なるほど。由宇は人恋しかったのかな? いつも彼女とゲームの中だけとは言え、親しく接してくれるローズのメンバーへ強い思いを寄せていたのかな?
 私からしたら、これほど彼女が私たちを大事に思っていてくれて嬉しい……でも、それとは裏腹に彼女のことが少し心配になってしまう。

「山岸くんの家にお泊りしてどうだったのお? 楽しかった?」
「……う、うん。とても。……先輩は私の思っていた以上に素敵でした……」
「あー熱い熱い。聞くだけでお腹いっぱいになっちゃう」
「……梢さんがこうして、私のおうちに来てくれたこともとても嬉しいです……」

 うーん、由宇には男女の違いとか、そういうのは気にしているんだろうか? ローズではアイちゃんという女の子を演じていたとはいえ、山岸くんはあれでも一応男の子なのよね。
 その辺意識してるのかなあ。なんか興味が出て来た!
 
「でもでも、そう言うこと言っても、やっぱり山岸くんが一番なんでしょ?」
「……ひ、秘密です……」

 うわあ。分かりやすい。真っ赤になっちゃって目を伏せる由宇はたまらなくいじらしい。
 でもこの感じだと、由宇が山岸くんを男女の仲だと認識するのは遠いかもしれないわねえ。がんばれえ、山岸くん! 今のところ、あんたが恋人に一番近い位置にいるわよ。
 ま、でも、由宇に悪い虫がついたらコロッと行くかもよお。

「二人で一夜を過ごして、山岸くんだって……男の子だし……?」

 私はニヤニヤしながら、由宇をからかうと彼女はブルブルと首を左右に振って、
 
「……先輩は……欲望に任せてそういうことをするような人じゃありません……」
「ふうん。じゃ、試してみていいかな?」
「……う、うん……」

 面白くなってきたわあ。
 もちろん、これは由宇に山岸くんと私が二人きりで過ごしてもいいと言ってもらうための方便に過ぎないんだけどね……
 私は山岸くんとじっくり話し合いたいことができてしまったの。それは、目の前にいるこの可愛らしい小動物さんのこと。
 これは、私のおせっかいなんだけど由宇には外の世界でも人を怖がらず最低限の人付き合いができるようになって欲しいの。そうすることで彼女の(いびつ)さが解消されて行くと思うから。
 このままだと、いつか彼女が潰れそうで怖いの。聞くところによると、彼女は来年から社会人になるのだから……
 
 山岸くんはどう考えているのかな。私と同じように考えているのかな? そんなわけで私は彼と話がしたいと思ったわけなの。
 
 ◆◆◆
 
 週末になって、山岸くんの家に遊びに行った。彼は最初戸惑っていたけれど、すぐに私を家にあげてくれたわ。
 彼と接していて、とてもいい人だと分かったんだけど……変な壺を買ったりしないか少し心配……騙されそうになったときは私がなんとかしてあげるからね!
 
 そして、彼は……私が想像した以上にヘタレだった……
 ワザと彼にお色気で押してみたんだけど、ワタワタするだけで私に触れようともしてこなかった。それどころか、目線もすぐ逸らしちゃうくらいなのよ。
 そんなに私って魅力ないかな……って少しへこんじゃったくらい。

 寝る時の彼と言ったら、本当に男の子なのと思うくらい可愛らしいことをやっていたの。
 羊の数を数えて寝るってなかなかないわよ。本人は口に出してないつもりだったんだろうけど、ブツブツと言う言葉が聞こえていたからね!
 
 百二十くらい羊を数えたところで、彼は寝息を立て始めた。
 
「山岸くん?」

 私はベッドから降りて、コタツで眠る彼に声をかけてみる。
 しかし彼は寝息をたてるだけで、何も反応がなかったのだ。彼と接していると、ダメだと分かっていたんだけど私の心が少し彼に引かれてしまったの。
 だから、ね、山岸くん、これであんたへの思いは蹴りをつけるから。
 
 私はそっと彼の唇に自分の唇を重ねたのだった。
 
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