24.鍋パーティ

文字数 5,287文字

 明日は俺が仕事、由宇が学校とバイトだったから、最寄り駅で彼女と別れて帰宅する。
 まずは冷蔵庫にチーズケーキを入れて……、風呂に湯を張りながら、買ってきたお弁当と缶ビールをもそもそと食べることにした。
 テレビなぞつけず、ノートパソコンの電源を入れて「ローズ」の攻略サイトをチラチラ見ながら、ビールを一口。うめえ。
 
 あー、食べた食べた。
 そして、風呂に浸かりながら先ほど由宇からもらったプレゼントが何かなーとか想像し、身悶えしてしまった。誰も見てないからいいけど、我ながら気持ち悪いな……
 
――コタツの上には由宇からもらった赤い包み紙に入った小さな箱と紙袋に収まった何かを並べる。
 じゃあ、赤いほうから開けてみるぞお。
 
 こ、これは、カッコいいじゃないか!
 中に入っていたのは、シルバーチェーンのネックレスで、凝った意匠の棺桶のアクセサリーがくっついていた。この棺桶、とても良くできていて開くんだ。
 開くと中には、魔法使いが使うような大きなルビーのような球体がはめ込まれた杖が描かれている。すげえ、俺が魔法使いをやっているから、杖なのかな。
 さっそく、自分の首につけてみる。
 
 洗面所の前に立って俺は、首元に見える棺桶アクセサリーへ感動していた。いいなこれえ。由宇のセンスに脱帽だぜ。
 鼻歌交じりにコタツに戻った俺は、紙袋に手をつける。こっちもすんごいのが入ってそうだ。
 
 むにゅん。
 
 むにゅん? はて?
 ムニムニする半月状の透明な物体が中に入っていた。なんぞこれ?
 どこかで見たような……こ、これは!
 
 女装した時につけたパッドじゃねえかよお。なんちゅうもん渡してくるんだ。マイパッドとか要らないから。要らないんだよおお。
 だが、今は誰も見ていない……俺は右手でもにゅもにゅをニギニギしながら「ローズ」へログインする。
 
『アイ、とても素敵なものをありがとう』
『気に入ってくれた? よかったよー☆』

 待ち構えていたのかと思うほど、由宇からチャットがくるのがはやくてビックリした! 思わず、もにゅんを落としそうになっちゃったじゃないか。
 俺が由宇にプレゼントしたものは、細い革でできたブレスレットだ。二重、三重に巻いて装着するタイプで、お店のお姉さんが「これが流行りです」と言っていたから、薦められるままに購入したんだ。

『ユウこそ、ありがとー☆ アイちゃん感動しちゃった』
『君にとても似合うと思って』
『さっそく、つけてるよー☆』
『一人でアイになっているのか? それは……私にも見せてくれないだろうか?』

 違う、違う、ムニムニは握りしめているだけだ。チョーカーだよ!

『うーん、素敵なアクセサリーだけつけてるよー☆』
『そうか、君が気に入っていたから、アレも買って来たんだ』

 これ、どう反応したらいいんだよお。「ありがとー☆」とか言ったら、俺がドツボにハマるじゃねえかよ。
 この件に俺は触れず、他のみんなもログインしてきたので冒険に繰り出すことにしたんだ。
 
 ◆◆◆
 
 明けて月曜日の夜に、キノへチーズケーキを手渡すと、彼女は「ホールは……」と眉をひそめていたから、切り分けて残りは俺がいただくことにした。
 いいのか? このチーズケーキはとてもおいしかったんだけど。
 
「山岸くん、土曜日の朝に行くからね」
「了解!」
「由宇もバイトが終わってからくるみたいだから、お昼頃に来るんじゃないかな。他のみんなは夜ね」
「ほおい」
「山岸くん……それ、一人で食べるの?」
「うん、あと二つ家にある」
「……胸やけしそう」

 失礼だな! そんなことは全然ない。おいしくいただくんだーい。
 
「頭の中はもともとアイちゃんだったのね……」
 
 キノは大きなため息をついて、手をヒラヒラ振ると駅の方へ向かって行く。
 聞こえないように言ったつもりだろうけど、しっかり聞こえてるからな! 別に……そら、多少は甘い物好きだと自覚はあるけど、普通くらいだって。うん。
 
 ◆◆◆ 
 
 年末進行に忙殺され、あっという間に土曜日になってしまった。朝からキノがやって来て、メイクをしてもらう……。
 こ、これは必要なことなんだ。相楽さんに俺だとバレたらいけない。仕方なく、遺憾だが、女装をしようじゃないか。
 
「キノ、寝る時……メイク落としたらマズくない?」
「そうねえ。お風呂あがってから、その場でしてあげようか?」
「ほっぺをぴたぴたしないでええ」
「全く……目と眉さえやっちゃえば大丈夫よ。かわーいいーアイちゃん」
「……浴室で?」
「ラサに見られなきゃどこでもいいけどー?」
「ま、まあ、ユウにも協力してもらうか」

 再びメイクへと突入する俺達。あー、キノの髪の毛からいい匂いがするなあ。
 彼女の小さなマシュマロも悪く無い……こ、興奮してきた。
 
「すぐに真っ赤になるのね。アイちゃん」
「……し、仕方ないだろお。ワザとだろ……」
「うん」

 テヘヘと舌を出すキノへため息が出るけど、まだ当たってるうう。
 メイクが終わる頃に由宇がやって来て、今晩食べる食材の買い出しに行くことになった。
 
 ああああ、先に買い出しに行っておけば良かったああ。
 
「お、俺も行くよね?」
「あー、アイちゃんはか弱いから重たい物は持てないものねー、じゃあ、おうちで待機しておくー?」
「そ、そんなわけないだろお。俺がドリンクを持つよ」
「……せ、先輩……単純で可愛いです……」

 由宇、ボソッと独り言のつもりで言ったんだろうけど、聞こえてる、聞こえてるからな。
 ふんふん。
 
 そんなわけで、夕飯はお鍋にすることになって、お酒やつまみもたんまり購入してきた。もちろん、由宇とヒュウのためにソフトドリンクもバッチリだぜ。
 予定通りにヒュウと相楽さんが駅に到着するみたいだから、キノがお迎えを買って出てくれた。だから、俺と由宇はご飯の準備ってわけだ。
 
「……先輩……ジャージなんですか……?」
「部屋着はこれしか持ってないからね」
「……そうですか、よろしければパジャマも持ってきましたよ?」
「い、いや、ジャージでいいから!」

 由宇はズズイと黄色のパジャマを差し出してくる。やたらと模様が可愛らしいんだけど……
 俺が一歩後ずさった時、チャイムの音が鳴った。
 
「ユ、ユウ、みんな来たみたいだぞ」
「……お鍋に火を入れないと……」

 由宇はカセットコンロに乗っかった土鍋に蓋をしてから、火をつける。
 そして、扉が開き三人の女子が俺の部屋に入って来る。もちろん、キノに連れられた相楽さんとヒュウの三人だ。

「お待たせー」
「お邪魔します」
「お邪魔しますす」

 おおお、賑やかだなあ。俺の部屋が女子会になってしまった。
 由宇が訪ねて来るまで、女の子が俺の部屋に入ったことなんて無かったのに……それが今はなんてことだ。
 しかもみんな可愛いし。当たり前だが、右を向いても左を向いても女の子―。いや、浮かれている場合ではない、相楽さんもいるんだぞ。

「外は寒かったよね。ささ、鍋もあったまってきたし、食べよう」

 俺がみんなを座るように促すと、少し狭いけどコタツを挟んで飲み食いが始まったのだった。
 いやあ、食べながらローズの話が止まらない止まらない。みんな好きだよなあ。
 
「……先にヒュウの大剣を……」
「私より、アイさんの杖が欲しいよよ。アタッカーはアイさん」
「他にも欲しいものはたくさんあるよねー。交互にやろっか?」
「キノはいつも仕切ってくれて素敵ね!」

 誰が何を言っているか分かるだろうか。答えは、由宇、ヒュウ、キノ、相楽さんだ。
 
「ねえ、アイちゃんはどのクエストをやりたいの?」
「さ、さが……ラサさん、俺はみんなと遊べれば楽しいんで何でもいいです」
「もう、ゲームと同じようにしゃべってくれたらいいのに……」

 不満そうに口をキュッと尖らせる相楽さんは、普段のお姉さんな感じとのギャップがとても良い!
 ゲームと同じようにしゃべるのは無理だろお。俺の声で「アイちゃん、いんしたよー☆」はありえん。
 
「あ、そろそろ順番にお風呂に入ってー」

 いつの間にかローズと同ように、キノが仕切ってくれている。お鍋を食べて、お酒も飲みつつ……お風呂はこの人数だと時間かかるからなあ。
 
「アイさん、一緒に入るる?」
「……な、なら、私もご一緒します……」
「ヒュウ、ユウ、お、俺は一応男なんで、後で一人で……」

 なんちゅうことを言うんだヒュウの奴……由宇はこの前と同じで乗っかって来るしいい。
 いや、いっそ……いいんじゃないか。桃源郷がそこに! 一緒に湯船に入って、ああ、前と後ろから挟まれてえ。
 
「えー、アイちゃんは私と入るのよ?」

 俺の妄想をぶった切るようにキノが俺の肩を掴む。
 いや、確かに……どこかでメイクをしてもらうつもりだが、くんずほぐれつじゃねえだろお。誤解させるようなことを言わないでくれえ。

「……四人ですか……入るでしょうか……」

 由宇が真剣な顔をして顎に手を当てているが、根本的に考え方が間違ってるからな!
 
「じゃあ、私もいいかな?」

 相楽さんまでええ。からかうのはもうよしてくれえ。
 ん、相楽さんの顔が俺の耳元に……
 
「さ……ラサ!?」
「アイちゃん、私は言わないから、メイクとっちゃってもいいのよ。お肌に悪いでしょ?」
「え……」

 思わず目を見開く俺に、相楽さんはしーっと人差し指を俺の口に当てる。
 え? えええ、待って。それって、まさか……
 
「あらら」

 キノがヤレヤレと肩を竦めた。あー、やっぱりそうだよな。そうだよねええ。

「なんてことだ……」

 俺は四つん這いになって、頭を下げる。
 一体、いつ気が付いたんだ! 会社でさぐりを入れた時には、そんな様子など微塵も感じさせなかったのに。
 
「……先輩……あれ……」

 クローゼットが開けっ放しになっていて、スーツが丸見えだな。スーツだけで分かるわけねえだろお。

「ユウ、それは違うと思う……」
「藍人くん、必ず黙ってるから安心してね。声で分かっちゃった……」
「あ、ですよねえ」

 そらそうだああ。声か……相楽さんと会社で会話する。そらするよな。昼食も食べたりしてるし……そんで、金曜日に俺と会社で会話して、翌日ここで会話する。
 あー、気が付くよな……ああああああ。最初はなんで気が付かなかったんだろう。いや、たぶん、まさかなと思っていたんだろう。
 でも、今日で確信してしまったわけか。
 
「まあ、いいじゃない、アイちゃん。メイクいらないかなー」
「そ、そうだな……ははは」

 キノに肩をポンと叩かれて、俺は乾いた笑い声をあげた。
 気を取り直して……、二人一組でお風呂に行ってもらうことになった。俺は最後に一人で入る。入るんだ。
 
 コタツの上にはみんなのノートパソコンが並んでいる。
 ここで、ローズをするのだあ。きっと超楽しい!
 
 お風呂上りのみんなの姿がかなり目に毒だけど、俺は逃げるように浴室に入る。

「アイちゃんー、先にログインしておくねえ」

 キノの声が後ろから響いた。
 
――浴室
 はあ、風呂上りの姿ってなんであんな艶めかしいんだよお。心頭滅却、心頭滅却……俺は頭をシャワーで流しながら念仏を唱える。
 すると、ガチャリと扉が開く。
 
「んんん?」
「……せ、先輩……お背中流します……」

 ええええ、この声は由宇か。と、突然どうしたんだああ。
 
「か、体はもう洗ったよ。頭も後は流すだけ……」
「……先輩……」
「ぬああああ」

 由宇が背中に密着してきたああ。
 
「服、服は!?」
「……お風呂で濡れちゃうと替えがないんです……」

 由宇はギュッと後ろから俺を抱きしめて来る。ああああ、ううあおおおう。
 だ、ダメだ。素数だ。そ、すうう。ぬああ、あうあうあ。
 
「……先輩、本当に本当に、ありがとうございます……」
「ん?」
「……先輩とお会いして、みんなと会えて、私の日常に色がつきました……」
「そ、そっか。それは良かったよ!」
「……先輩が、い、一番……で……す……」

 蚊の鳴くような声で由宇が呟いたけど、何を言ったのか最後が聞き取れなかった。
 もっとも……俺が正常な状態なら分かったんだろうけど、離れて、離れええてええ。
 
「ユウ、いつかユウが外に出ても怖くなくなったら、伝えたいことがあるんだ」
「……え、先輩……それって……?」
「だけど、今は、ちょっと離れて欲しいいいうえ! みんないるからあ!」

 離れろと言ったのに、余計腕に力を込める由宇。俺は両手を前へ突き出してバタバタさせることしかできなかった。
 
 おしまい
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