第2話 デッド・オア・アライブ②

文字数 2,619文字

 爆発の衝撃波によりマスタングの周囲に停車していた数台の車の窓ガラスは割れ、駐車場の中をけたたましい防犯ブザーの音が響いた。
 ミカは爆発の衝撃波を受けて地面に倒されると、全身の痛みと脳震盪ですぐに立ち上がることができない。
「ミカ!」
 ジーンがミカに駆け寄ると、拳銃グロック17を手に、滑り込むように身を挺してミカを守る。すると、高いタイヤのスリップ音がふたりに近づいてくる。
「警部!」
 エリオットがふたりに駆け寄った。
「ミカを! 早く!」
 ジーンの言葉にエリオットが朦朧とするミカを立たせ、安全なところへと連れていく。
 スリップ音がジーンの正面の直線上に現れた。銀色のセダンがジーンの背後にある出口を目指し進んでくる。
「止まりなさい!」
 ジーンは迫り来るセダンの真正面に立ち、両手で拳銃を構えて叫んだ。セダンはジーンの警告に反するようにスピードを上げる。セダンは一直線にジーンへ向かってくる。
「舐めんじゃないわよ」
 ジーンは冷静に運転席を狙うと、続けざまに二発発砲し、それがフロントガラスに着弾すると、蜘蛛の巣状の波紋を作る。
 ジーンが真横に飛び退き、突っ込んでくるセダンをすんでのところでかわすと、セダンはそのまま猛スピードで駐車場の柱に激突し止まった。
 ジーンとエリオットが拳銃をセダンの運転席に構えながら近づく。中では男が額にジーンの放った弾丸を受け、首を仰け反らせて死んでいた。
「見事に命中だな」
 エリオットが男の死を確認する。すると、エリオットは何かに気づき、男の顔と爆発したマスタングを交互に見比べた。
「まさか、こいつ、『罠師(トラッパー)』じゃないのか?」
 車のエンジンやドアノブなど、ある一定の動作で作動する爆弾を使って殺人を行う連続殺人鬼(シリアルキラー)「罠師」。これまで犯人に繋がる手がかりはなかったが、エリオットがその手口の共通点から目の前の男が「罠師」であると推察した。
「まさか、そんな」
 ジーンは信じられないというように言った。これまで巧妙に姿を隠していたシリアルキラーがニューヨーク市警に乗り込むなどという大それた犯行に及ぶだろうかと。
「だとしたら、お前、大手柄だぞ! こいつは最重要指名手配犯(ランカー)だ!」
「その言い方! ミカが嫌がるよ」
 喜ぶエリオットにジーンはいさめるように言い返した。エリオットも「悪い」とすぐに反省して改めた。
「最重要指名手配犯」とは手口の巧妙さ、被害者の多さからニューヨーク市警が著しく危険であると判断したシリアルキラーに対し指定するものであった。現場の刑事たちがつけた「ランカー」という通称は、殺人の被害者の数をゲームのスコアのように競う犯人たちを賞賛するようでミカは酷く嫌っていた。
 ニューヨークは平和であった。軽犯罪こそ起きてはいたが、それまで自由に、挑発的に犯罪を繰り返していたシリアルキラーたちは鳴りをひそめていた。突如として目の前に現れた男に、ジーンは悪い予感を感じずにはいられなかった。

 三人は一旦、騒ぎにより集められた刑事たちの行き交う刑事部へと戻った。
「警部、大丈夫です?」
 PCを前に専用のレカロシートに座ったアイザイア・イネスは氷嚢で頭を抑えるミカを気遣うように声をかける。
「IQ、私のことはいいから、分析を続けて」
 彼はエジプトをルーツに持つ勤勉そうな中東系の見た目に反して、口を開けば四六時中喋り続けることから「静かなるアイザイア(アイザイア・ザ・クワイエット)」略して「IQ」とあだ名された分析官であった。
「では」とIQが魔法でもかけるかのように自らの両手にふっと息を吹きかけ、キーボードを軽快に弾きだす。
 IQの操作に応じて、刑事部に大きく設置された横長の液晶が三分割され、それぞれに今回の爆破に関わる情報を映しだしていた。
 ニューヨーク市警が誇る高機能分析コンピュータ「ルシファー」。画期的なアルゴリズムにより市内に設置された無数の監視カメラから、特定の人物の身長、歩幅を瞬時に割り出し、その人物の動向を追跡。対象人物が移動手段を車両に切り替えてもナンバーから同じように自動追跡が可能であった。外部からのハッキングにより、ルシファーの追跡機能をかわすように登録されていたシリアルキラーたちも、それに気づいたジーンにより目論みは阻まれていた。
 時を同じくしてネット上に明るみにされたドリームダイバーによりジーンは数名のシリアルキラーを逮捕するに至っていたが、最重要指名手配犯たちはそれから忽然と姿を消していた。
「彼はロイ・レイモンド。ソーホーに母親と住む、四一歳の男性」
 ルシファーのモニターの一枚にレイモンドの免許証の写真が大きく写しだされる。その顔は控えめに微笑んでおり、頭は額から頭頂部にかけて禿げ上がっていたが清潔そうで、飾り気のない眼鏡からは真面目そうな印象を受ける。勤勉なセールスマンのように見え、爆弾で多くの市民を死に至らしめた人物には到底見えない。
「分署の刑事により家宅捜査を実施」
 二枚目のモニターには分署の刑事が装備したボディカメラの映像が写っていて、深夜の来訪に慌てふためくレイモンドの母親の姿があった。
「押収された証拠品から、彼を最重要指名手配犯、『罠師』と断定しました」
 三枚目のモニターには押収された、爆弾の起爆装置などの証拠品が整頓して並べられた映像が映る。
「それから」とIQはため息混じりに言うと、ミカの顔を神妙な面持ちで眺める。ミカは怪訝そうに首を傾げると、IQはPCに向き直った。
「彼のPCから、これが……」
 IQがエンターキーを押し、ルシファーの中央に現れた画像を見て、その場の全員が息を飲んだ。
 セピア色の画面に険しく目を細めたミカの写真が写しだされる。その写真の上には「指名手配(ウォンテッド)」、そして、その下には「生死を問わず(デッド・オア・アライブ)」と書かれていた。
市警(ウチ)のサイバー犯罪対策班が出所を探しましたが、正体は……」
「わかってるわ」
 ミカはモニターを眺めたまま言った。ジーンがその横顔を見つめる。IQにはミカが「正体が掴めなったことはすでに理解している」と聞こえたが、ジーンには違っていた。
 ミカにはこの手配書を作った人物が誰か検討がついていた。手配書の常套句「生死を問わず」と書いてあるものの、その人物は明らかに自分を殺すように指示している。一体何人のシリアルキラーがこの手配書を受け取っているのか。
「何よ、懸賞金が書いてないじゃない」
 ミカは人相の悪い自分の手配写真を眺めながら、強がるように言った。
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