第1話 ニューヨークの守護天使②
文字数 3,253文字
ウエイトレスの言葉に男が青冷める。男が彼女を拘束しようとウエイトレスに手を伸ばそうとすると、彼女は左手に力を込めて思い切り男の股間へ振り抜く。痛みと衝撃に男が前かがみになった次の瞬間には身を翻した彼女の鞭のような右肘が男の鼻を捉えていた。彼女はその動作をほんの一瞬のうちにやってのけた。
ハキームが倒れる男を目で追っている間にウエイトレスはすでにハキームに向き直っている。すぐにでも駆けだせるような立ち姿で、肉食獣のような視線でハキームを捕らえていた。ふたりの立場はまったく逆転していた。
「お前……、中央情報局 か、国家安全保障局 か」
ハキームはわずかに後退りしてウエイトレスに訊いた。
「NYPD」
彼女はにやりと笑い、そう告げた。
「はっ、ニューヨーク市警だと?」
思いもしない答えにハキームから笑いが漏れる。その反応に彼女は動揺しなかった。世界的なテロリストのハキームが、いち警察機関のニューヨーク市警を軽く見ても仕方がない。
「一体、何が目的だ!」
「次にあなたが何を目論んでいるのか、洗いざらい話してもらう」
彼女は射抜くような鋭い視線で見つめ、はっきりとハキームを指差した。
彼女の名前はジーン・ジェンセン。ニューヨーク市警本部刑事部に所属する刑事だった。
「警官風情が!」
ジーンが警察官と知ったハキームは勢いを取り戻し言った。それを合図にするように、宮殿の中から数十人のトーブを着た男たちが一斉にジーンに向けてAK-47ライフルを構える。
「たったひとりで何ができる。こちらにはアッラーがついている!」
ハキームはジーンにだけにではなく、銃を構える男たちにも語りかけるように伸びやかな声で言い放った。
「あら、そう。だったら、こっちには『守護天使』がついてるわ」
ジーンの言葉にひとり、近づいてくる人影があった。黄金のドレスをたなびかせ、同じく黄金のピンヒールの音を響かせながら、ゆっくりと力強くジーンの方向へと進んでくる。
女性にしては長身で、肌は澄み切ったように白く、栗色の髪はパーティー用に整えられていた。ドレスのスリットから覗く足は無駄がなく引き締まっていて、長く伸びた手も同様であった。
「作戦が台無しね」
女性はジーンの隣に並ぶと言った。
「誰かに決められた『ストーリー』なんて、真っ平ごめんですよ」
ジーンは女性の言葉を無愛想に返す。
「でしょうね」
女性はジーンの負けん気の強さを見て、可笑しそうに笑った。
「お前! 知ってるぞ。『ニューヨークの守護天使』だな」
ハキームはジーンの隣に立つ女性を指差した。それを聞いた女性はうんざりするように天を仰いだ。
「まったく 」
その二つ名で呼ばれることを彼女が嫌っているのを知っているジーンは女性の反応に小さく吹き出した。
ハキームの前に新たに現れた女性の名はミカ・マイヤーズ。「ニューヨークの守護天使」とあだ名され、数々の重大犯罪を解決に導いたニューヨーク市警の女刑事。
「まさか……、これは、夢なのか?」
ミカの登場に動揺するハキームがつぶやく。その言葉にミカとジーンは視線を合わせた。
「お前が人の夢に潜り、情報を盗むという噂は本当だったのか」
「盗むだなんて人聞き悪いわね。ちょっと覗かせてもらうだけよ」
ミカがハキームに言い返すと、知らぬ間に自分の頭の中へ侵入を許した悔しさから奥歯を噛んだ。すると、煌びやかであった宮殿の照明が微かに落ちる。宝飾された壁や柱が徐々に荒々しい岩肌になり、宮殿というよりも、遺跡に近い姿へ変貌してゆく。
「生きて帰すと思うのか!」
ハキームの言葉に小銃を構えた男たちがふたりに狙いを定める。ミカはハキームを見た。
「やってみたら?オジさま 」
「子犬」ともかかる言葉で侮辱され、ハキームの我慢は限界を迎えた。それと同時に男たちが一斉に小銃の引鉄を引いた。
しかし、銃弾が発射されることはなかった。それどころか、小銃を構えた男たちは一様に手に持つAK-47を不思議そうに眺めている。ふたりはこうなることがあらかじめわかっていたかのように微動だにしない。
「夢の中ではそんなもの、何の役にも立たないわよ」
ジーンはハキームを見据え、ハキームにだけ伝えるように言った。
「おのれえ! ならば、これならどうだ!」
ハキームが叫ぶと男たちは高い金属音を鳴らしながら、刀身の曲がったサーベルを抜いていく。その数は数十人にも及ぶ。
すると、ふたりは同時にそれぞれの衣服の肩口を掴むと、乱暴に引き剥がした。マントのように着ていた衣服を放ったふたりは、警察の特殊部隊が纏うような黒ずくめの戦闘服姿に早変わりしていた。ドレスと一緒に変装も解いたふたりの顔から化粧気はなくなり、特にミカは整えていた髪がジーンのようにうしろに結ばれているだけになった。
横並びのミカとジーンは上半身だけで軽く向き合うと、指先で握手するように手を合わせ、その手を強く引き抜いてから拳を合わせた。最後にミカが指で作った丸の中にジーンが人差し指を突っ込み、「ああん」とふたりは同時に艶かしい声を上げる。
完全にコケにされたハキームは怒りに震え、目を血走らせ叫んだ。
「やれえ!」
ミカとジーンはそれを合図にすぐお互いの背中を守るように構える。そのふたり目がけて男たちが怒号を上げながら襲いかかってくる。
まず、ミカが垂直に振り下ろされるサーベルを半身になって避けると、身体を戻しながらカウンターの右ストレートをサーベルを持つ男の鼻に叩き込む。
今度はジーンが向かってくる男に自ら駆け寄ると大きく飛び上がり、膝で下から男の顎を蹴り上げた。ニーパッドで保護された膝蹴りを喰らい、男は豪快にうしろへ倒れる。
負けじとミカも次に襲ってくる男の足を払って、体勢を崩した男の顔を手で掴むと後頭部を床に押し当てた。
ジーンも男の側頭部に右のハイキックを決めると、着地した足を軸に身体を回転させ、次に襲いくる男に左のハイキックを放ち、男のこめかみにブーツのかかとをめり込ませた。
ミカとジーンはほとんど一撃で武装する男たちを次々と蹴散らしていった。ひとりまたひとりと倒れていく手下の男たちを見て、ハキームは慌ててその場から逃げだした。
「ジーン!」
ミカの声に反応したジーンは胸ぐらを掴んでいた戦闘不能の男を床に放ると、逃げるハキームのうしろ姿を見つけ。弾けるように駆けだす。
ハキームは宮殿を奥へと進み、壁の小さな松明 で照らされた薄暗い石造りの階段を必死に駆け上がっていく。階段を抜けるとハキームは宮殿のテラスへと出た。そこには黒いヘリコプターがハキームを待つようにあった。
ハキームは慌ててヘリコプターへ駆け寄るとドアに手をかける。しかし、ドアは開かない。それどころか、それはドアの形こそしているが、まるでヘリコプター自体がひとつの鉄の塊のようでびくともしない。
「ドアの開け方も知らないのね」
がむしゃらにドアを開けようとしていたハキームの手が止まる。ジーンがゆっくりとハキームに近づいてくる。息を荒げるハキームに反して、今し方、格闘をしていたはずのジーンはまったく息を切らしていなかった。
「そんなもの、無駄だって言ってるでしょ」
「来るな!」
ハキームは狼狽しながら後退りした。ジーンのうしろにはすでにミカの姿もあった。ふたりは一気ハキームとの距離を詰めると、ハキームの両脇を抱えて持ち上げ、テラスの縁へとどんどん進んでいく。
「やめろー!」
テラスの縁から上半身を外へ出されたハキームの悲鳴が響く。
「全部話してもらうわよ」
ミカが冷たく言う。
「一体、何のことだ!」
ハキームがそう言うと、すぐにミカとジーンはハキームの身体をさらに外へと押しだす。
「わかった! わかった、言う!」
ハキームはテラスの縁の角に臀部が乗った状態まで身体を押しだされると、必死でバランスを保ちながら観念した。
「全部、話しますから」
ハキームは泣き声にも似た声で命乞いをする。その姿にミカとジーンは悪戯っぽく笑っていた。
ハキームが倒れる男を目で追っている間にウエイトレスはすでにハキームに向き直っている。すぐにでも駆けだせるような立ち姿で、肉食獣のような視線でハキームを捕らえていた。ふたりの立場はまったく逆転していた。
「お前……、
ハキームはわずかに後退りしてウエイトレスに訊いた。
「NYPD」
彼女はにやりと笑い、そう告げた。
「はっ、ニューヨーク市警だと?」
思いもしない答えにハキームから笑いが漏れる。その反応に彼女は動揺しなかった。世界的なテロリストのハキームが、いち警察機関のニューヨーク市警を軽く見ても仕方がない。
「一体、何が目的だ!」
「次にあなたが何を目論んでいるのか、洗いざらい話してもらう」
彼女は射抜くような鋭い視線で見つめ、はっきりとハキームを指差した。
彼女の名前はジーン・ジェンセン。ニューヨーク市警本部刑事部に所属する刑事だった。
「警官風情が!」
ジーンが警察官と知ったハキームは勢いを取り戻し言った。それを合図にするように、宮殿の中から数十人のトーブを着た男たちが一斉にジーンに向けてAK-47ライフルを構える。
「たったひとりで何ができる。こちらにはアッラーがついている!」
ハキームはジーンにだけにではなく、銃を構える男たちにも語りかけるように伸びやかな声で言い放った。
「あら、そう。だったら、こっちには『守護天使』がついてるわ」
ジーンの言葉にひとり、近づいてくる人影があった。黄金のドレスをたなびかせ、同じく黄金のピンヒールの音を響かせながら、ゆっくりと力強くジーンの方向へと進んでくる。
女性にしては長身で、肌は澄み切ったように白く、栗色の髪はパーティー用に整えられていた。ドレスのスリットから覗く足は無駄がなく引き締まっていて、長く伸びた手も同様であった。
「作戦が台無しね」
女性はジーンの隣に並ぶと言った。
「誰かに決められた『ストーリー』なんて、真っ平ごめんですよ」
ジーンは女性の言葉を無愛想に返す。
「でしょうね」
女性はジーンの負けん気の強さを見て、可笑しそうに笑った。
「お前! 知ってるぞ。『ニューヨークの守護天使』だな」
ハキームはジーンの隣に立つ女性を指差した。それを聞いた女性はうんざりするように天を仰いだ。
「
その二つ名で呼ばれることを彼女が嫌っているのを知っているジーンは女性の反応に小さく吹き出した。
ハキームの前に新たに現れた女性の名はミカ・マイヤーズ。「ニューヨークの守護天使」とあだ名され、数々の重大犯罪を解決に導いたニューヨーク市警の女刑事。
「まさか……、これは、夢なのか?」
ミカの登場に動揺するハキームがつぶやく。その言葉にミカとジーンは視線を合わせた。
「お前が人の夢に潜り、情報を盗むという噂は本当だったのか」
「盗むだなんて人聞き悪いわね。ちょっと覗かせてもらうだけよ」
ミカがハキームに言い返すと、知らぬ間に自分の頭の中へ侵入を許した悔しさから奥歯を噛んだ。すると、煌びやかであった宮殿の照明が微かに落ちる。宝飾された壁や柱が徐々に荒々しい岩肌になり、宮殿というよりも、遺跡に近い姿へ変貌してゆく。
「生きて帰すと思うのか!」
ハキームの言葉に小銃を構えた男たちがふたりに狙いを定める。ミカはハキームを見た。
「やってみたら?
「子犬」ともかかる言葉で侮辱され、ハキームの我慢は限界を迎えた。それと同時に男たちが一斉に小銃の引鉄を引いた。
しかし、銃弾が発射されることはなかった。それどころか、小銃を構えた男たちは一様に手に持つAK-47を不思議そうに眺めている。ふたりはこうなることがあらかじめわかっていたかのように微動だにしない。
「夢の中ではそんなもの、何の役にも立たないわよ」
ジーンはハキームを見据え、ハキームにだけ伝えるように言った。
「おのれえ! ならば、これならどうだ!」
ハキームが叫ぶと男たちは高い金属音を鳴らしながら、刀身の曲がったサーベルを抜いていく。その数は数十人にも及ぶ。
すると、ふたりは同時にそれぞれの衣服の肩口を掴むと、乱暴に引き剥がした。マントのように着ていた衣服を放ったふたりは、警察の特殊部隊が纏うような黒ずくめの戦闘服姿に早変わりしていた。ドレスと一緒に変装も解いたふたりの顔から化粧気はなくなり、特にミカは整えていた髪がジーンのようにうしろに結ばれているだけになった。
横並びのミカとジーンは上半身だけで軽く向き合うと、指先で握手するように手を合わせ、その手を強く引き抜いてから拳を合わせた。最後にミカが指で作った丸の中にジーンが人差し指を突っ込み、「ああん」とふたりは同時に艶かしい声を上げる。
完全にコケにされたハキームは怒りに震え、目を血走らせ叫んだ。
「やれえ!」
ミカとジーンはそれを合図にすぐお互いの背中を守るように構える。そのふたり目がけて男たちが怒号を上げながら襲いかかってくる。
まず、ミカが垂直に振り下ろされるサーベルを半身になって避けると、身体を戻しながらカウンターの右ストレートをサーベルを持つ男の鼻に叩き込む。
今度はジーンが向かってくる男に自ら駆け寄ると大きく飛び上がり、膝で下から男の顎を蹴り上げた。ニーパッドで保護された膝蹴りを喰らい、男は豪快にうしろへ倒れる。
負けじとミカも次に襲ってくる男の足を払って、体勢を崩した男の顔を手で掴むと後頭部を床に押し当てた。
ジーンも男の側頭部に右のハイキックを決めると、着地した足を軸に身体を回転させ、次に襲いくる男に左のハイキックを放ち、男のこめかみにブーツのかかとをめり込ませた。
ミカとジーンはほとんど一撃で武装する男たちを次々と蹴散らしていった。ひとりまたひとりと倒れていく手下の男たちを見て、ハキームは慌ててその場から逃げだした。
「ジーン!」
ミカの声に反応したジーンは胸ぐらを掴んでいた戦闘不能の男を床に放ると、逃げるハキームのうしろ姿を見つけ。弾けるように駆けだす。
ハキームは宮殿を奥へと進み、壁の小さな
ハキームは慌ててヘリコプターへ駆け寄るとドアに手をかける。しかし、ドアは開かない。それどころか、それはドアの形こそしているが、まるでヘリコプター自体がひとつの鉄の塊のようでびくともしない。
「ドアの開け方も知らないのね」
がむしゃらにドアを開けようとしていたハキームの手が止まる。ジーンがゆっくりとハキームに近づいてくる。息を荒げるハキームに反して、今し方、格闘をしていたはずのジーンはまったく息を切らしていなかった。
「そんなもの、無駄だって言ってるでしょ」
「来るな!」
ハキームは狼狽しながら後退りした。ジーンのうしろにはすでにミカの姿もあった。ふたりは一気ハキームとの距離を詰めると、ハキームの両脇を抱えて持ち上げ、テラスの縁へとどんどん進んでいく。
「やめろー!」
テラスの縁から上半身を外へ出されたハキームの悲鳴が響く。
「全部話してもらうわよ」
ミカが冷たく言う。
「一体、何のことだ!」
ハキームがそう言うと、すぐにミカとジーンはハキームの身体をさらに外へと押しだす。
「わかった! わかった、言う!」
ハキームはテラスの縁の角に臀部が乗った状態まで身体を押しだされると、必死でバランスを保ちながら観念した。
「全部、話しますから」
ハキームは泣き声にも似た声で命乞いをする。その姿にミカとジーンは悪戯っぽく笑っていた。