文字数 655文字

 無期停学といったって、どうせもうすぐ夏休みだ。クラスメートより少し早めに休暇に入らせてもらえたと思えばいいだけだった。
 しかし指の傷はじくじくと痛い。ぼくは痛みをまぎらすためだといって両親を納得させたうえで朝から酒を飲んだが、そうしてみると購買の老婆がまるで手足のついた蛇のようにするすると這って、平べったく薄くなってドア下の隙間からぼくの部屋に侵入してくるまぼろしに悩まされた。
 酒にいい気分になって、汗の浮いた顔を窓からの風になぶらせていると、途端に悪夢がおそってくるという繰り返しの日常だった。
 チクショウめ。しかし嫌い嫌いも好きのうちという。まさかあれではあるまい。そんなわけあるものか。地味な花柄の割烹着を着た婆さんを好きだというならオレはふつうじゃないぞ。酒で朦朧としたぼくに単純でない思考は可能でなく、愚にもつかないことを思うだけ。悪夢を阻止する有効な対応策を講じるわけでもなく、とにかくいつかは癒える指の傷の治癒というものに期待をかけるしかない怠惰さだった。

 ぼくはあの老婆の目をじっくりとみて、ただその秘密を知りたかっただけだ。バカな興味をだしてしまったものだ。誰もが婆さんなどほうっていたのに、ぼくが妙な関心をもってしまったのだ。そのあげく指を失った。
 いずれにせよ、いずれは学校にもどるわけだ。このバカげた状況を放置するわけにいかないことは確かだ。
 それは購買の老婆にすぐにでも会いにいけば解決する問題だろうか? しかし指を切り取られて以来、老婆はぼくには怖い存在になってしまっている。
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