文字数 1,677文字

 夢に現れた見知らぬ女の子から刀を振りおろされ、目覚めた朝には集中治療室にいた。
 顔には深くえぐられた傷が残ったが、どうやら生き延びることができた。夢をおぼえている。
 
 異変に気づいた両親がぼくがベッドで血を流して死にゆく姿を発見したのだが、ぼくは夢のなかで僕を切った女の子をなんとか見きわめようとしていた。生体維持がむずかしくなるなかで、彼女を知ろうとしていた。
 白い光がまばゆく、ぼくの視界を霞めて彼女の顔をみることはできない。冷たくなりゆく自分のからだを感じていた…… 
 
 医者も看護師ももちろんぼくが第三者によって切りつけられたことを疑わなかったから、警察も動くことになった。
 といっても、村の警察は優秀とはいいがたく、捜査もどこから手をつけていいのかわからないようだった。ぼくの証言が「夢のなかで見知らぬ女の子から刀を振りおろされた。顔は見えなかった(が、かわいいにちがいない)」というものだったこともある。
 両親が村の有力者である以上、ぼくを脳病院にぶちこむという選択肢は(両親が望まないのだから)なかった。
 ぼくはどうしても夢の女の子に再会したかった。重症を負わせた女の子なのに、不思議に、彼女に悪意があったとはまったく感じなかった。悪夢と感じなかった。
 夏の寝苦しい夜、ぼくはただひたすら彼女に再会することを願った。
 怪我が本物である以上、彼女は存在するはずだ。

 一ヵ月後、病院からもどると、警察は女の刑事をぼくに付けた。彼女はお手伝いさんなどと食事し、寝食をぼくの家ですることになったのだが、一週間もしないうちに、夜ぼくの部屋に忍び込むようになり、ぼくを性的な対象とするようになった。
 まだ包帯のとれない体とはいえ、ぼくは性欲みなぎる年齢だから、ぼくが拒むはずもない。こんなことをしていれば夢の女の子が再来してくれくかもしれないという期待もあった。
「あなたにずっと目をつけてたの」包帯でぐるぐるまきのぼくの目をのぞきこんで女刑事はいった。彼女は27歳だった。

 春までは高校生だった。
 ぼくは家にひとりでいて、ダイニングでムギチャを口に含んだときに、去年の夏のことを思い出した。
 うちの学校の購買には、田舎だからかなんなのか、蝿取り紙と干し柿なんかが売っている。ぼくとしては揚げパンとタバコだけ売っていてくれればありがたいのだが、あいにくと、そのどちらも置いていない。
 だからぼくには用のない場所なのだが、学校に玄関から入ろうとすれば、どうしたってその薄暗い空間にある購買というものをとおらざるをえなかった。下校時はともかく、登校時は玄関から入るのが規則だ。
 そしてその購買は、どこか近所からかよっているのかお婆さんが店番として働いていて、その顔といったら目が生きたスズメ蜂でできており、それ以外の顔面は石膏のマスクでおおわれているのだった。
 スズメ蜂は仮面の目の部分から頭部をだしていようがケツをだしていようが、いずれにせよ常にもそもそしており、そしてどう考えてもお婆さんの目の役割を不足なく果たしているとしか思われない。
 石膏のマスクは鼻の部分が鋭角にトガッていたが鼻孔は存在しなかった。
 その購買のお婆さんは地味な花柄の割烹着を着た小柄な老婆だが、ぼくがそこをとおりかかるたびに
「うまい干し柿があるよ」と声をかけてくるのである。
 不思議なことにお婆さんがほかの生徒に声をかけるのをぼくはみたことがない。クラスメートにきいても、老婆が声をだすのはぼくがあそこをとおるときだけだといっていた。
「干し柿いらないや。なんか生ゴミみたいなすっぱい腐敗臭すんだろ。あれキライなんだ。腋臭よりたちワルいわ」ぼくは一言一句たがわず、毎回そうこたえることにしていた。

 そうやって、そこまで思い出を追ったとき、不思議に思ったことがある。
 その高校時代の情景に浮かんだぼくが、今現在のぼくの姿をしているということだ。頭部を包帯でぐるぐるまきにしたぼくだ。
 制服のグレーのパンツに開襟シャツという、じっさいの当時のカッコウではない。
 今の、このぼくなのだ。
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