文字数 1,033文字

 この記憶の変容はぼくに不気味だった。これも単に顔面の傷の後遺症だと思い込もうとした。一時的なものなのだと。
 記憶で起きたことは、じっさいのエピソードだった。ただそこに存在するぼくが一年後の姿をとっているというだけだ。
 恐怖が焦燥感のようなものをつくりだし、一瞬だけ記憶に皺をよせたが、そのあとではすぐにデジタル画像のように明晰に、思い出は、するするとぼくの脳内によみがえっていった。
 ダイニングから階段をあがって部屋のベッドにねそべって天井を見上げたが、ずっと記憶は途切れなかった。

 当時べつに購買のお婆さんとぼくとが心理戦を展開していたとかではなく、お婆さんはぼくに干し柿を売りたい。ぼくは買いたくない。その遣り取りを毎日、登校日には交わしていたということだった。(と少なくともぼくは思っていた)
 そしてある日。ぼくは急に老婆の目の不思議を解明したい気持ちになり、彼女の間近に接近して彼女の目の観察をこころみたところ、なぜそこにあったものかわからぬが、とにかくそこにあった花鋏で老婆がぼくの右手薬指第一関節を切断、切り取ってしまった。
 これはもちろん大問題になったが、老婆は馘首にならず、ぼくが無期停学をくらうことになった。ぼくよりも、ぼくの家族が不満をあらわに学校側に抗議したが、この措置に変更はなかった。親が警察に訴え出ることもなかった。
「オナってるの? イケない子ね」と、ノックもなしに今やぼくの彼女然とした女刑事(27才)が入ってきて、ぼくの記憶の流れを止めてくれた。「ためといてくれないと。刑事さんは体力あまってるのよ」と彼女はいって笑った。
 ぼくの事件にかぎらず、村の警察は熱心に動かないので過少労働なのだ。しかし柔剣道をやって鍛えることには熱心だから強健な体が発散場所をつねに求めている。両方あわせると、警察が、この村で起きる事件のほとんどの発生源と考えたくもなる。
 彼女は名前をマリといって、身長は170センチを少し超えている。細身だが胸が大きい。ショートカットでパッチリした瞳のアネゴ肌だ。ぼくはだんだん彼女に魅かれるようになっていた。
「お、元気元気」といって、ぼくの股間をギュッとにぎり、ぼくを跳ね起きさせた。

 当時もぼくの村は、妊んで都合がわるければ水子として埋めてしまい、そこに茸が生えれば長寿の妙薬としてありあがたく口にしているような土地だった。それがふつうだった。
 ぼくがそれはふつうのことではないと知ったのは、ずっと後のことである。
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