第2話 すとらいく・えあー

文字数 1,174文字

「男の娘だと、べらんめぇ!」
親方から平手打ちを食らうおれ。納得いかない。
男の娘は至高だって言うのに、てんで話を聴いちゃくれない。
「親方! 男の娘は性癖ではないんです」
「じゃあ、なんだってんでぃ!」
「人生です」
びたーん、と親方に平手打ちを返したおれは、大工道具を投げ捨て、すね毛だらけの生足をさらしてセーラー服を着る。
親方が鼻血を出した。
「うおおおぉぉぉ…………っ」
「親方ぁぁぁッ! しっかりしてください」
「だ、大丈夫だ…………このくらい、どうってことねぇよ」
「なんでですか?  どうしてそんなになるまで我慢するんですか?」
「…………」
「親方……。おれのセーラー服姿に欲情するなんて」

そこに、大きな女性の声がこだまする。
「そこまでよ!」
「誰だ!」
「ふふふ、わたしの名前はフラッシュバックデスコ。闇からの使者よ」
「ややこしいのが出てきたな、おい……」
現れたのは、真っ黒い服に身を包んだ少女だった。
その手には、銀色に輝く十字架のような武器がある。
「親方さま、お助けに参りましたわ」
「てめえは、フラッシュバックデスコ……! 生きていたのか!」
「覚えていてくれたのですね、嬉しいですわ」
「フラッシュバックデスコ。てめえさんの〈スール〉だった後輩はどうした?」
「スール……懐かしい響きですわ。百合読者以外にスール百合の説明をするのは困難」
おれは黙って二人の会話を聴いている。
フラッシュバックデスコは、その、武器である十字架の冷たいシルバーに口づけをする。
「知っているのよ。男の娘を騙るただの肉欲の塊に、親方さんが心揺れそうになっているのを、ね」
「てやんでぃ! ばーろー! おれは弟子に手を出すほど腐っちゃいねぇ! デスコ、てめえさんが来てくれたのは嬉しいけどよ。……帰ってくんねぇか?」
「親方。あなたが〈百合男子〉だった頃のことを思い出して」
親方は頭を抱えた。
「ダメだ、思い出せねぇ!」


親方は目をつぶったまま叫ぶ。
そしてカッと見開くと、おれの両肩を掴んだ。
目が完全にイッている。
おれは悲鳴を上げた。
親方は言った。
―――おれが、百合男子だったことは間違いないらしい。
しかし、記憶がないのだと言う。

「百合心を忘れるなんてかわいそうな方ね。いいわ、逝かせてあげる、わたしのこのナイフで」
十字架のようなそれはナイフだった。

グサリと刺される親方。
「ぐはっ!」
腹部にナイフが刺され、それはすぐに引き抜かれた。
だらりと流れ落ちた鮮血が、十字架タイプの銀のナイフに吸い取られる。

親方は崩れ落ち、膝立ちのまま、刺された腹部に手をあて、
「悪くねぇ。こんな終わり方も、悪くねぇ」
 と、泣きながら空を見上げ、目を閉じた。
風のようにど直球な、それは最後で……。
親方が最後に脳裏に浮かべたのは、百合だったのか、それとも男の娘だったのか。
おれは親方をこの手で抱きしめることしかできなかった。
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登場人物紹介

成瀬川るるせ:「僕は小説書きだ。妄想を扱う。僕の生涯も妄想だ。眠ることが大好きだ。宵越しの金は持たないことにしてる」

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