第4話 なんだか異世界転移しちゃったみたい(前編)

文字数 2,448文字

サイド 瑞樹

 今日は大学の授業にも出たし、サークルにも出た。あたしは充実した大学生活に満足してお風呂からあがって部屋で髪を乾かした。綺麗に乾いたところで、布団を敷いて横になる。
 今日もたかちゃんはカッコよかったなあ。
 あたしは恋人のたかちゃんのことを考えながら布団に入って夢の中へと落ちて行った。

 気が付くと、なんか寒かった。
 寒過ぎてうっすらと目を開けた。あたし、布団をはいじゃってるのかな。肌とか凄く冷たくなってるんじゃないかな。
 大きく息を吸って頭をはっきりさせる。細く開けた目に映ったものは、草だった。
 草? なんで? ああ、夢かな。視線を巡らせると、近くに森があって、あたしは森と草原の境くらいの場所に寝ていた。

 急いで立ち上がる。びゅうびゅうと吹く風は心なしか冷たくて、でも気温が暖かいから丁度いいくらい。今までは寝ていたから体温が下がって寒かったんだ。
 心細いな、と思って辺りを見渡すと、五メートルくらい歩いたところにたかちゃんが倒れているのを見つけた。

「たかちゃん!」

 あたしは、たかちゃんもここにいることがびっくりして、たかちゃんに声をかけた。
 するとたかちゃんも、もぞもぞと動いて立ち上がる。

「瑞樹……? あれ、ここどこだ?」
「わからない……」

 あたしはたかちゃんの傍に行って手をつないだ。
 なんだか急に知らないところに来て、心細かったから。
 たかちゃんが来てくれて、あたしはとても嬉しかった。
 
「あれ? 服もTシャツにジーパンだ。俺、寝間着に着がえて寝た思うんだけど」
「うん、あたしも。Tシャツにスカートはいてる」
「それに、ここは……草原? 森が見えるな。それにさっき寝たばっかりなのに朝みたいだ」

 そう、草原の空は青く晴れて、太陽が出ている。草はそよそよと風に撫でられていた。
 ああ、分かった! あたしは急にひらめいた。

「たかちゃん、あたしたち、異世界転移したんだよ」
「い、いせかい? てんい? なんだそれ」

 最近あたしはネット小説に凝ってるんだ。そこでは異世界に神様とかに召喚されて、色々とドラマを繰り広げるという内容のものがある。
 あたしたちは何かしらで異世界に召喚されたのだ!

 それをバシッとあたしはたかちゃんに言った。
 たかちゃんは呆れている。
 そして見事にスルーされた。ちょっと悲しい。

「取りあえず、誰か助けを呼ぼう。携帯は……もってないか」
「異世界だしね!」
「だれか! だれかいませんか!」

 たかちゃんはあたしをスルーし続ける。
 そして誰かいませんかと、大きく声を張り上げた。
 するとそれに答えた声があった。

「きゅい?」

 トラと熊を足して二で割ったような、二足歩行しているトラ模様の小さな熊が森から出てきたんだ。
 大きいぬいぐるみみたい。
 あたしたちは固まった。そして、その一瞬のあと。

「かわいい!!」

 あたしも声を張り上げた。



サイド 鷹志

 瑞樹がここは異世界だと言っていたが、本当なのか? 
 この目の前にいる、小さいトラ熊もどきの存在が、俺の思考を混乱させる。

「たかちゃん、かわいいよ! このトラ熊くん」
「まて、危険な動物かもしれない。こんな動物みたことないしな」

 勝手に名前まで着けてなごんでいる瑞樹を俺は制した。
 肉食だったらやっかいだ。俺たちはいい餌になるかもしれない。
 現にタスマニア島のタスマニアデビルは小さくても名前にデビルとつくほど凶暴だしな。
 と、思っていたら、瑞樹がトラ熊を撫で始めた。

「かわいいなあ」
「おい、危険かもしれないだろ!」
「きゅいいっ」

 しかし鳴き声は可愛いな。トラ熊は撫でられて悦んでいるように見える。
 しばらくの間、なごんでいたらズン、と地震が起きた。

「な、なんだ?」

 ズン、ズン、と足音みたいな地響きがして、地面が揺れる。
 
「たかちゃん……」

 さすがの瑞樹も不安になったらしい。
 
「きゅい、きゅい、きゅい!!」

 トラ熊はなんだかさっきよりも悦んでいた。
 すると……。
 森の木々がざわめいた。
 ざざっと音をたてて何かに掻き分けられて、大きなものが姿をあらわす。
 それは、映画でみたティラノサウルスほどの、大きなトラ熊だった。
 大トラ熊は眼を金色に光らせ、虹彩を細くして俺たちを見た。

「ふ、わあああーーーー!!!! 瑞樹、逃げるんだ!!」

 俺は心底おどろいた。瑞樹の手を取って、一目散に大トラ熊とは反対方向に走り出す。
 後ろからはズン、ズンと早くなった足音が俺たちを追ってくる気配がする。
 
「ひいいーー!!」
「たかちゃん、あれなに!」

 俺たちは必至で走って逃げた。
 しかし、大きなトラ熊にかなうはずも無く、追いつかれようとしている。
 さらに俺たちの前には、大きな渓谷が姿をあらわした。
 対岸まで幅十メートル、下には川が通っていてそこまでも目算十メートルくらいだ。
 飛び超えることは無理だ。俺たちの足は渓谷の前で止まった。
 後ろからは大トラ熊が追って来ている。
 振り返って大トラ熊を見ると、牙をむいてよだれをだらだらと垂らしていた。
 俺たちを食う気満々という感じだ。さっきの小トラ熊は餌(俺たち)を見つけて親を呼んでいたのか。

 道は一つしかない。俺は瑞樹に言った。

「瑞樹、川に飛び込むぞ!」
「ええ!! 無理だよ! 死んじゃうよ!」
「でもそれしか道は無い! ここにいても食べられて死ぬ!」
「いやー! それもヤダ!」

 瑞樹もパニックに陥っている。
 俺は瑞樹の肩を抱きしめて、言い聞かせるようにゆっくりと言った。
 
「良く聞け、瑞樹、運が良ければ助かる。でもここにいたら確実に死ぬ。俺は瑞樹の手を離さないから、俺と一緒に飛んでくれ」

 瑞樹はしばらく俺の目を見つめた。そして力強く「うん」と言った。
 
「死んだらもう言えない言葉だから今言っておく。瑞樹、愛してる!」
 
 瑞樹の唇にぶつけるようなキスをする。
 そして堅く手をつないだ。

「いくぞ! 瑞樹!」
「うん、たかちゃんとなら大丈夫!」

 俺たちは大地を蹴って宙に身を躍らせた。

 中編につづく
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