第1話 誕生日のケーキ
文字数 2,641文字
サイド 大破 瑞樹
あたしは今、モーレツに悩んでる。
それは付き合ってる彼氏、佐井 鷹志くん、通称たかちゃんに送る誕生日プレゼントのことで。
男の人は何を貰えば嬉しいのかな。そんなことをさっきからぐるぐると考えてる。
やっぱり女の子からの手作りプレゼントなんて嬉しいんじゃないかな。
そう思った。
だからケーキをつくることにした。
ケーキはチョコレートのケーキにする。なんでかっていうと、たかちゃんはチョコレートが好きだから。
ファッション雑誌にちょうど作り方も出てて、それを見てあたしは材料を買って作りだした。そうしたら作り方のポイントに「自分のコロンを一滴入れると恋愛効果てきめん」って書いてあった。
「へー、そうなんだ」
あたしはそれを見て不思議なこともあるもんだ、って自分の使っているオレンジコロンを一滴入れてみた。
出来あがったケーキは、チョコレートケーキなのにオレンジの匂いがした。
「まあ、いっか」
あたしはそれを綺麗にラッピングしてたかちゃんに渡すために次の日、大学へと行った。
そう、あたしは大学一年生、今年入学したての新入生なんだ。
たかちゃんとは大学のサークルで知り合った。いっこ年が上な先輩だ。でもしたしみを込めて「たかちゃん」って呼んでる。たかちゃんははじめ顔をしかめてたけど、「諦めた」って言った。だから今はたかちゃんって呼んでるんだ。
たかちゃんに逢う為にミュージカル部のサークルの部室へ行く。
部室は一教室分を貰っていて、あいかわらず衣装や小道具が溢れていて、こぎたない。
そんな部室の窓際にたかちゃんはいた。
あたしは昨日作ったケーキを入れた箱を胸に抱いて、たかちゃんに声をかけた。
「たかちゃん!」
「ああ、瑞樹か。どうした?」
たかちゃんは落ち着いた大人の声音であたしの方を向く。
きりっとした眉に優しそうな目、細面で全体的に整っている顔。身体も男らしく筋肉が付いて、でも引き締まっていて細い。
目が合うと、一瞬で惚れ直すくらい、カッコいいんだ。
あたしはたかちゃんに小走りに走り寄った。
「はい、これ。誕生日プレゼント」
「! ああ、ありがとう。中身なんなんだ?」
「ケーキ! あたしがつくったの」
その言葉にたかちゃんの隣にいた友達たちが「おおっ」と声をあげた。
たかちゃんは周りから小突かれて、羨ましがられている。
「開けて見せてみろよ」
友達に急かされて、たかちゃんは少し困り顔だ。だからあたしが助け舟を出した。
「開けてもいいよ。普通のケーキだし」
「そうか? じゃあ、開けてみる」
たかちゃんはそう言ってケーキの箱を開けた。
中には大人な感じのするガト―ショコラが入ってる。
「ああ、良い匂いがするな。でもこのケーキ、中に何が入ってるんだ? チョコっぽいけど、オレンジの匂いがする」
「色々な愛情が入ってまーす」
あたしは照れてそう言った。
「おいしくたべてね」
「……ああ、ありがとう」
たかちゃんは何故か一呼吸おいて、あたしにお礼を言った。
次の日、たかちゃんはお腹が痛いって言って大学を休んだ。
どうしたんだろう。今日はサークルを休んでお見舞に行こう!
サイド 佐井 鷹志
今日は俺の誕生日だ。
だから最近できた彼女が誕生日プレゼントを用意してくれるのではないかと期待している。彼女は大破 瑞樹と言って、俺よりも一年下の大学一年生だ。
新入生だからか、とても初々しく、可愛らしい。背も俺の胸までしかないし、男にしては細い方である俺の半分しかないんじゃなかってくらい、手首も細い。
光沢のある長い黒髪をゆるく後ろで一つにまとめ、肌は透き通るように白くて唇はピンク色に色づいている。
その存在自体が超絶に可愛いのだ。
だが! だが! いかんせん、彼女は少しアホだった。
いや、かなりのアホかも。
彼女自身には全く悪気がない。
もう、これは育ちの違いというか、環境の違いというか。
どうしてそんな考えになるのかということを言ったり、したりする。
それでも彼女が一途に俺を慕ってくれている様子は、健気で胸を打たれる。
授業が終わり、サークルの部室へ行く。俺たちはミュージカルのサークルに入っていた。瑞樹が俺の傍へ寄ってくる。
「はい、これ。誕生日プレゼント」
「! ああ、ありがとう。中身なんなんだ?」
「ケーキ! あたしがつくったの」
彼女は手作りのケーキを俺の誕生日に作ってくれていた。
ああ、やっぱり瑞樹は健気で一途で可愛い。
ちょっとアホでも、そこも可愛いと思えてしまう。
「開けて見せてみろよ」
隣にいた友人が羨ましそうに俺の手元を見ている。
今これを開けたら顔が緩んでしまいそうで、俺は困り顔で箱を見つめた。
「開けてもいいよ。普通のケーキだし」
瑞樹が促す。
瑞樹がそう言うのなら開けてみるか、と思った。
「そうか? じゃあ、開けてみる」
綺麗な青でラッピングされていた箱を開けると、そこには丸いガトーショコラが入っていた。しかし、匂いは……オレンジだ。チョコの匂いとまざって複雑だ。
「ああ、良い匂いがするな。でもこのケーキ、中に何が入ってるんだ? チョコっぽいけど、オレンジの匂いがする」
「色々な愛情が入ってまーす」
俺は少し不安になった。
色々な愛情ってなんだよ。
たしかに愛情は入ってるだろう。手作りなんだし。
でも「色々」の、詳細が知りたい。
そんな俺の気も知らず、瑞樹は満面の笑顔で言った。
「おいしくたべてね」
「……ああ、ありがとう」
はたして、寮に帰り、夕飯の後に食べたケーキ。
本当にとても美味しかった。
でもそれから俺は猛烈に腹をくだしたのだ。
瑞樹……何を入れたんだ……。色々ってなんだったんだ……。
俺は治らない腹痛に苛まれながら瑞樹を恨んだ。
いや、でも、おいしくたべて、と言った彼女の笑顔が脳に再生される。
くそっ、やっぱり可愛い。
その後、俺の腹は丸二日、元には戻らなかった。
次の日の夕方、見舞いにきた瑞樹がおかゆを作ってくれると言ったが、丁重に断った。
「瑞樹の気持ちは嬉しいけど、レトルトのおかゆがあるから……」
昼間コンビニで買ったレトルトのおかゆを見せる。
彼女は自分の腕がふるえないと残念がったが、こっちも死活問題だ。
もうちょっと料理の腕をあげてもらってから作ってもらうことにする。
彼女は本当に俺には理解できないことをする。
だからあのケーキに何が入っていたのか、いまだに不安だ。
瑞樹……本当に何を入れたんだ……。
あたしは今、モーレツに悩んでる。
それは付き合ってる彼氏、佐井 鷹志くん、通称たかちゃんに送る誕生日プレゼントのことで。
男の人は何を貰えば嬉しいのかな。そんなことをさっきからぐるぐると考えてる。
やっぱり女の子からの手作りプレゼントなんて嬉しいんじゃないかな。
そう思った。
だからケーキをつくることにした。
ケーキはチョコレートのケーキにする。なんでかっていうと、たかちゃんはチョコレートが好きだから。
ファッション雑誌にちょうど作り方も出てて、それを見てあたしは材料を買って作りだした。そうしたら作り方のポイントに「自分のコロンを一滴入れると恋愛効果てきめん」って書いてあった。
「へー、そうなんだ」
あたしはそれを見て不思議なこともあるもんだ、って自分の使っているオレンジコロンを一滴入れてみた。
出来あがったケーキは、チョコレートケーキなのにオレンジの匂いがした。
「まあ、いっか」
あたしはそれを綺麗にラッピングしてたかちゃんに渡すために次の日、大学へと行った。
そう、あたしは大学一年生、今年入学したての新入生なんだ。
たかちゃんとは大学のサークルで知り合った。いっこ年が上な先輩だ。でもしたしみを込めて「たかちゃん」って呼んでる。たかちゃんははじめ顔をしかめてたけど、「諦めた」って言った。だから今はたかちゃんって呼んでるんだ。
たかちゃんに逢う為にミュージカル部のサークルの部室へ行く。
部室は一教室分を貰っていて、あいかわらず衣装や小道具が溢れていて、こぎたない。
そんな部室の窓際にたかちゃんはいた。
あたしは昨日作ったケーキを入れた箱を胸に抱いて、たかちゃんに声をかけた。
「たかちゃん!」
「ああ、瑞樹か。どうした?」
たかちゃんは落ち着いた大人の声音であたしの方を向く。
きりっとした眉に優しそうな目、細面で全体的に整っている顔。身体も男らしく筋肉が付いて、でも引き締まっていて細い。
目が合うと、一瞬で惚れ直すくらい、カッコいいんだ。
あたしはたかちゃんに小走りに走り寄った。
「はい、これ。誕生日プレゼント」
「! ああ、ありがとう。中身なんなんだ?」
「ケーキ! あたしがつくったの」
その言葉にたかちゃんの隣にいた友達たちが「おおっ」と声をあげた。
たかちゃんは周りから小突かれて、羨ましがられている。
「開けて見せてみろよ」
友達に急かされて、たかちゃんは少し困り顔だ。だからあたしが助け舟を出した。
「開けてもいいよ。普通のケーキだし」
「そうか? じゃあ、開けてみる」
たかちゃんはそう言ってケーキの箱を開けた。
中には大人な感じのするガト―ショコラが入ってる。
「ああ、良い匂いがするな。でもこのケーキ、中に何が入ってるんだ? チョコっぽいけど、オレンジの匂いがする」
「色々な愛情が入ってまーす」
あたしは照れてそう言った。
「おいしくたべてね」
「……ああ、ありがとう」
たかちゃんは何故か一呼吸おいて、あたしにお礼を言った。
次の日、たかちゃんはお腹が痛いって言って大学を休んだ。
どうしたんだろう。今日はサークルを休んでお見舞に行こう!
サイド 佐井 鷹志
今日は俺の誕生日だ。
だから最近できた彼女が誕生日プレゼントを用意してくれるのではないかと期待している。彼女は大破 瑞樹と言って、俺よりも一年下の大学一年生だ。
新入生だからか、とても初々しく、可愛らしい。背も俺の胸までしかないし、男にしては細い方である俺の半分しかないんじゃなかってくらい、手首も細い。
光沢のある長い黒髪をゆるく後ろで一つにまとめ、肌は透き通るように白くて唇はピンク色に色づいている。
その存在自体が超絶に可愛いのだ。
だが! だが! いかんせん、彼女は少しアホだった。
いや、かなりのアホかも。
彼女自身には全く悪気がない。
もう、これは育ちの違いというか、環境の違いというか。
どうしてそんな考えになるのかということを言ったり、したりする。
それでも彼女が一途に俺を慕ってくれている様子は、健気で胸を打たれる。
授業が終わり、サークルの部室へ行く。俺たちはミュージカルのサークルに入っていた。瑞樹が俺の傍へ寄ってくる。
「はい、これ。誕生日プレゼント」
「! ああ、ありがとう。中身なんなんだ?」
「ケーキ! あたしがつくったの」
彼女は手作りのケーキを俺の誕生日に作ってくれていた。
ああ、やっぱり瑞樹は健気で一途で可愛い。
ちょっとアホでも、そこも可愛いと思えてしまう。
「開けて見せてみろよ」
隣にいた友人が羨ましそうに俺の手元を見ている。
今これを開けたら顔が緩んでしまいそうで、俺は困り顔で箱を見つめた。
「開けてもいいよ。普通のケーキだし」
瑞樹が促す。
瑞樹がそう言うのなら開けてみるか、と思った。
「そうか? じゃあ、開けてみる」
綺麗な青でラッピングされていた箱を開けると、そこには丸いガトーショコラが入っていた。しかし、匂いは……オレンジだ。チョコの匂いとまざって複雑だ。
「ああ、良い匂いがするな。でもこのケーキ、中に何が入ってるんだ? チョコっぽいけど、オレンジの匂いがする」
「色々な愛情が入ってまーす」
俺は少し不安になった。
色々な愛情ってなんだよ。
たしかに愛情は入ってるだろう。手作りなんだし。
でも「色々」の、詳細が知りたい。
そんな俺の気も知らず、瑞樹は満面の笑顔で言った。
「おいしくたべてね」
「……ああ、ありがとう」
はたして、寮に帰り、夕飯の後に食べたケーキ。
本当にとても美味しかった。
でもそれから俺は猛烈に腹をくだしたのだ。
瑞樹……何を入れたんだ……。色々ってなんだったんだ……。
俺は治らない腹痛に苛まれながら瑞樹を恨んだ。
いや、でも、おいしくたべて、と言った彼女の笑顔が脳に再生される。
くそっ、やっぱり可愛い。
その後、俺の腹は丸二日、元には戻らなかった。
次の日の夕方、見舞いにきた瑞樹がおかゆを作ってくれると言ったが、丁重に断った。
「瑞樹の気持ちは嬉しいけど、レトルトのおかゆがあるから……」
昼間コンビニで買ったレトルトのおかゆを見せる。
彼女は自分の腕がふるえないと残念がったが、こっちも死活問題だ。
もうちょっと料理の腕をあげてもらってから作ってもらうことにする。
彼女は本当に俺には理解できないことをする。
だからあのケーキに何が入っていたのか、いまだに不安だ。
瑞樹……本当に何を入れたんだ……。