第6話 なんだか異世界転移しちゃったみたい(後編)

文字数 2,869文字

サイド 瑞樹

 あたしたちがご飯を食べていると、空からぽつり、ぽつりと銀の雫が降ってきた。
 
「あれ? あめ?」
「そうみたいだな」

 たかちゃんも掌を天にむけて雨粒を確かめていた。
 ああ、あたしたちを歓迎すると雨が降るって言ってたのは、本当だったんだ。

「あめ、あめ、かんき、おわった」

 現地の人たちも喜んでる。村の人々全てが、空に掌を向けて天を仰いでいた。
 するとごろごろ、って雷も鳴りだした。
 お祭りは一層盛り上がったけれど、あたしたちは雨をしのぐ為に村長らしき人の家に招かれた。

「あなたたち、おかげ、かんき、おわった」
「そうですか、良かったです」

 あたしはにこやかに村長に答える。
 外ではズンドコ、ズンドコ、村人が踊っていた。
 雷を伴った雨はしだいに土砂降りになって、森の木々や村の家々に降り注いでいた。

「たかちゃん、よかったね、雨がふって」
「そうだな、色んな意味で良かったと思う」

 たかちゃんは外を眺めて、ざーざー振っている雨にほっと息をついていた。
 そんなに緊張することかな。
 そう思っていると、たかちゃんが村長らしき人に尋ねた。

「村長さん、ここはどこなんですか? 俺たち、帰ることはできるんですか?」

 真剣に質問した内容は、かなり重要なことだった。
 そうだった。ここってどこなんだろ。それにあたしたち、帰れるかもわからないんだ。
 あたしは急にまた不安になった。
 不安顔でたかちゃんの手をまたきゅっと握った。
 そうしたら、たかちゃんもきゅっと握り返してくれた。
 
「ここ、異世界、君たち、地球人、帰る」

 村長さんがかたことの日本語をジェスチャーつきで話してくれた。
 あたしは何て言っているのか分かったからたかちゃんに翻訳する。

「ここは君たちにとって異世界だ。君たちは地球人で、帰る方法はあるって」
「……瑞樹……色々言いたいことはあるが、帰る方法ってなんなんだ?」

 そうたかちゃんが言ったら、村長さんはまたジェスチャーつきであたしに言った。

「草原、駅、機関車、乗る、地球」
「草原にある駅で機関車にのって地球に帰るんだって」
「き、機関車? ここ、列車が通ってるのか? しかも地球行き?」

 たかちゃんがびっくりしてる。あたしもびっくりした。
 草原は、あのトラ熊のいた森のそばの草原じゃない別の草原みたいだ。

「あんないする、する」

 村長さんはあたしの手を取って、家の外へ出た。
 そのころには雨もあがって、綺麗な夕日が出ていた。


サイド 鷹志

 俺たちは村長に案内されて、一面の草原に出た。
 なんの植物がうわっているのかは分からない。草の丈が膝まである草原を歩いて行くと、そこにぽつりと駅があった。

レールも何もない。ただ、夕日の光が屋根や待合室やその中の椅子を照らしていた。

「ここ、地球行き! さよなら」
「え? ちょっと待って下さい!」

 俺は焦った。こんなところに瑞樹と取り残されるなんて。
 なんか詐欺にあったような気分だ。

「だいじょぶ、だいじょぶ」

 村長はにこにこと笑って手を振り、あっという間に去って行った。
 うそだろ……。あたりは段々と夕闇が迫ってきている。ルビーのように赤く焼けた空の少し上は紫に、その上は薄墨色に染まりつつある。
 そんな中でまたあのトラ熊みたいな動物に遭遇したらどうしてくれるんだ。

「たかちゃん……」
「ああ、大丈夫だ」

 そうだ、俺がいる。瑞樹は俺が守るんだ!

「大丈夫? そうじゃなくて、なんか聞こえる」
「なんか? なにが……」

 と問う前にそれは俺にも聞こえた。

 フォー、という汽笛の音が。がっしゅ、がっしゅという車輪の回る音と蒸気のあがる音。
 どこからだ? 俺は地平線の遥かを見た。だが、機関車はみえなかった。
 
「あれ! あそこだよ、たかちゃん!」
 
 瑞樹が空を差した。そこに五両編成の機関車が飛んでいた。

「……うそだろ…」

 夕日をバックにして蒸気を吹きあげている機関車を見上げて、俺は息を吐いた。
 ダイナミックすぎる。

「あれ、なんで落ちてこないのかなあ」
「瑞樹……ここでそれを言ったら負けだ……なんとなく」

 その機関車はすっと俺たちの前、駅に着いた。
 がらがらっと自動的にドアがあく。
 
「俺が先に乗ってみるから瑞樹はあとからこい」
「うん」

 俺は用心深く機関車に乗った。五両編成の機関車をくまなく見まわして、誰も乗ってないことを確かめて、駅にいる瑞樹の手を取った。

「大丈夫みたいだ」
「大丈夫だよ。だって村長さんがそういってたからね!」

 どこまでも楽観的な瑞樹。色々な意味で肝の据わったヤツだな。
 瑞樹が機関車に乗ると、またフォーと汽笛が鳴った。
 そしてふわりと宙に浮く感覚。俺たちはコンパートメントに入り、向かいあった四人掛けの片側の椅子に二人で座った。
 窓から見える景色は、どんどんと高度を増して暮れなずむ空へと向かう。
 月が出てきたのか、月光と夕日が入り混じった青白い光と赤い光の中を、汽笛を鳴らしながら機関車は走る。

 フォー

 その音を聞いていると、なんだか眠気がさしてきた。

「たかちゃん、なんか眠い……」
「ああ、そう…だな……」

 そう言い終わる前に、俺たちはお互いの肩に凭(もた)れて、眠ってしまったようだった。



 気が付くと、瑞樹の部屋で俺たちは目を覚ました。
 夢だったのか、と思ったが俺が瑞樹の部屋にいるという事実がそもそもおかしい。
 無意識に夜中に瑞樹の部屋に来てたとか、怖すぎる。
 それに俺たちは寝間着ではなくて服を着ていた。
 それがまたあの世界のことを俺に肯定させた。

「あれ……? あたしたち、戻ってきた?」

 自分の部屋で目を覚ました瑞樹が不思議そうに周りを見る。

「ああ、そうみたいだ」

 俺も瑞樹を見て微笑んだ。
 服には草の匂いがまだ染みついている。

「たかちゃん……」
「あ? なんだ?」

 何か安心して呆(ほう)けた頭で瑞樹を見ると、彼女は何故か赤くなってもじもじしている。
 めずらしい。なんだというんだ?

「たかちゃん、あの世界であたしのこと……「愛してる」って言ってくれたよね。そしてキスしてくれた」
「ぶっ…」

 俺は吹いた。すっぱり忘れていたことを思いだされて、慌てた。

「あ、あれは、その、なりゆきというか、その……」

 あれは死ぬかもしれないという極限状態が成せた技であって……。
 しどろもどろになる俺に瑞樹が意味深に笑う。
  
「朝ご飯つくるから、食べてってよ。そして一緒に大学いこう」
「あ、ああ」

 その瑞樹の一言で俺は我に帰った。
 またいつもと変わらない日常が始まるみたいだ。
 瑞樹は台所に立って朝ごはんを作り始めた。
 外は晴天の、また暑くなりそうな日だ。



 おまけのサイド 瑞樹

「あ、あれは、その、なりゆきというか、その……」

 たかちゃんがしどろもどろに「愛してる」と言ったことと、キスしてくれたことを言いわけしてる。
 でもあたしは知ってる。
 たかちゃんがあの世界で、いつも強くあたしの手を握っていてくれたことを。 
 それがとっても心強かったことを。
 だから、今は誤魔化してもゆるしてあげようって、そう思った。
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