第5話 なんだか異世界転移しちゃったみたい(中編)

文字数 2,655文字

サイド 瑞樹

 たかちゃんがあたしにぶつけるようなキスをした。一瞬だけ唇と唇が触れあったけれど、余韻に浸る間もなく、あたしたちは渓谷へ飛び込んだ。
 そうしたら、足元の感触がなんか変だった。
 大きな風船を踏んでいる感触。目に見えない何かに足の裏が押し返されている。
 あたしとたかちゃんは一歩踏み出したとたん、その見えない何かによって、ぼうん、と宙に跳ね返された。

「え?」
「え?」

 あたしはたかちゃんの顔を見る。たかちゃんもあたしの顔を見た。たかちゃんは不思議そうにあたしをみている。
 そしてさっき言った通り、しっかりとあたしの手を握ってくれていた。だからあまり怖くなかった。
 宙に跳ね返されたあたしたちは、また一歩を宙に踏み出す。
 それも大きな風船のような感触の何かに足の裏が跳ね返されて、バウンドしてるみたいに跳ねた。

「あるけ、歩くんだ、瑞樹!」

 たかちゃんが何かに気が付いたように、あたしに叫んだ。
 すると、一歩ふみだすごとに渓谷の上でバウンドする。それがずっと続いた。

「歩けば下に落ちない!」
「どうなってんの、たかちゃん!」
「分からない! でも歩くんだ!」

 あたしとたかちゃんは渓谷の上の空中を歩いた。
 歩けるということが不思議でしょうがないけど、あたしたちは助かったんだ。

「このまま、対岸まで歩くぞ!」
「うん!」

 後ろでは大トラ熊が大声をあげている。子トラ熊も手を振り上げていた。

「ぐおおおーーーー」
「きゅいいーーーー」

 今となっては怖い動物たちを後にみて、あたしたちは宙を渡る。
 そして対岸に足を付けた。
 後ろを振り返るとトラ熊たちがまだ吠えていた。

「助かったねーたかちゃん」
「……ああ」

 何かぐったりとした感じのたかちゃんの背を撫でて、あたしは周りを見渡した。
 そこはまたしても森だった。また何か出てきそうな。
 そう思っていると何かが聞こえてきた。

 ズンドコドッコ ズンドコドッコ

 たいこの音だ。その音がだんだん大きくなってくると、まだ繋いでいた手を、たかちゃんがぎゅっと握った。

「気を付けろよ」
「うん……」

 今回はあたしも怖くなった。
 ズンドコドッコという音が次第に強くなって、茂みが動いた。すると、白い髪の毛を逆立てて、たいこを持った、現地人? の男の人が二人現れた。中年くらいのおじさんだ。肌は褐色で歯がキラリと光って白い。

「かんげい、くる、むら」
「まつり、する、きみたち、かんげい」

 かたことの日本語をしゃべってあたしたちの腕を引っ張る。

「何するんだ!」

 たかちゃんが警戒して手を振り払おうとするけど、あたしはそれを止めた。

「歓迎って言ってるよ。大丈夫だよ、ついて行こう。きっといいことがあるよ」
「……その自信はどこから湧いて出てくるんだ……」

 頭を抱えて何か呆れてるたかちゃんだ。
 どうしてかな。



サイド  鷹志

 無防備な瑞樹から目が離せない。人食い人種だったらどうするんだ。
 そんな心配をよそに、瑞樹は嬉々として現地の人たちの後をついていく。
 なにやらジェスチャーを使って対話も試みてもいる。
 瑞樹……コミュニケーション力は人一倍あるな。

 俺たちはたいこをたたきながら歩いている現地の人に案内されて、森の中にある小さな門をくぐった。
 たぶん、ここから先が村の中なんだろう。
 すると、今まさに祭りの最中だったとでも言うように、食事や飲み物を囲んで村人たちが騒いでいた。
 
「かみ、おつげ、かんげい、あめ、ふる」
「おつげ、あなたたち、かんげい、あめ」

 かたことの日本語で満面の笑みを向けて、現地人は俺たちを上座へといざなう。
 俺と瑞樹は手をつないだまま、上座に用意されている二つの敷物に座った。

「なんかここの神様があたしたちを歓迎すれば雨がふって乾季が終わるって言ったんだって」
「……へえ…」

 どういうジェスチャーをすればそこまで詳しく翻訳できるのか、俺は瑞樹の野生性に目を見張る。
 ずっと繋いでいた手を離して、前を向いてみた。
 現地人の女性がステップを踏んで、踊りを踊っている。

「歓迎の踊りだって」
「ああ」
 
 だからなんでお前は言葉が分かるんだよ。瑞樹のコミュ力は無限大だな。

 そんなこんなで俺たちの前に料理が運ばれてきた。
 ここの食事って俺たちが食べられるものなのか?
 そう思いながら薄い木で出来たプレートに載っているものを見て、俺は悲鳴をあげそうになった。
 そこには何かの大きな幼虫の串焼きが載っていた。
 それに赤黒い、ソーセージ?
 それと何かの葉っぱ。

 俺は恐る恐る現地の皆さんの顔を見た。
 にこやかに「食べてくれ」というジェスチャーをしている。
 
「うまい、うまい」

 かたことの日本語でもこれは俺でも分かる。
 俺は喉を鳴らした。これを食べろと?
 隣の瑞樹を見てみる。
 彼女は幼虫の串焼きを手にとって、しげしげと眺めていた。
 そして俺の方を見る。

「たかちゃん、こういう場合の礼義って知ってる?」
「……」
 
 俺はカラカラに口の中が乾いていくのを感じた。
 返事ができない。

「歓迎で出してくれたものは手を付けないと失礼にあたるんだよ」
「……知ってる」

 そんなのテレビでよくやっている。
 でも、だ。でも! その幼虫の串焼きを食べるのか! たしかに焼いてある。火が通ってるからある程度大丈夫なのだろう。それにきっと現地の人たちは普通に食べてるんだろう。でも! 現代日本人にとっては……!

「あんぐ」

 瑞樹はその幼虫を半分、ぱくりと口に入れた。

 勇者だ……。ここに勇者がいる。俺は目を丸くして心底瑞樹を尊敬した。

 なにやらもぐもぐして飲み込んだ瑞樹は、俺にも食べろと促してくる。

「たかちゃんはそのソーセージみたいなの食べなよ」
「あ…、ああ……」

 瑞樹だって頑張ったんだからな。俺も頑張らないと。
 俺は意を決してソーセージを口に入れた。
 何やら鉄っぽい風味と香草の風味が混じり合って、複雑だ。
 日本人の口には合わないことは確かか。
 にこにこと俺たちの食べるのを周りで見ていた現地の人に、瑞樹は笑顔で応えた。

「ベーリー、デリシャス」
「ここの人たちは日本語使えるじゃないか、瑞樹……」

 わざわざここで英語を使う理由がわからん。 
 しかし、瑞樹はアホだが生活能力は人の何十倍もあるな。

「でりしゃす、でりしゃす」

 現地の人も瑞樹の言う事を復唱した。意味が分かって言っているのか疑問だ。
 現地の人が俺の食べたソーセージをにこにこ顔で指さす。

「ぶた、血、ソーセージ、でりしゃす」

 俺は苦笑いして、聞かなかったことにした。
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