第1話

文字数 1,007文字

 俺は大雨の日に生まれたそうだ。
 名前はヒュエトス。この地方の古い言葉で雨という意味だ。
 成長して外に出るようになると、俺は村の同世代の子供と遊ぶようになった。小さく、豊かではないが、のどかな村だった。
 ところが何年か経ったある日、ニビという同い年の男が言い出した。
「ヒュエトスといると、いつも雨降るよな」
 実際、俺が外に出るとよく雨が降った。でもそんなのは偶然だし言いがかりだ。絶対に降るわけでもない。
 だが一人が言いはじめると、皆が口を揃えた。
「そういえば、こないだも降ったよな」
「せっかく家の手伝い終えてさ、やっと遊べると思ったら降るんだもんな」
「あれもこいつのせいか」
 なじるような視線がいくつも向けられた。確証も何もないのに、俺のせいだという空気が充満していた。
「違う、俺は」
「近寄んなよ。また降るだろうが」
 ニビのその一言で、追いすがろうとした足は止まった。

 それから俺は仲間外れにされるようになった。少し前までは楽しく遊んでいた奴らが、汚いものが寄ってきたみたいに距離を取り、石を投げつけてくる。雨を呼ぶ忌み子だと罵られ続けた。俺にとっては辛い日々だったが、父も含め村の大人たちは、子供同士のちょっとしたイザコザ程度にしか思っていなかったようだ。
 味方は母さんだけだった。俺が泣いて帰ってくると、膝に乗せて優しくなだめてくれた。
「雨はねえ、恵みなんだよ」
「恵み?」
「そう、神さまのくれた恵み。雨が降ると草木が育つわよね。花の蜜は虫たちの栄養になるし、伸びた樹は動物の住処(すみか)になる。成った実は甘くておいしい。この村で作ってる野菜や果物も、雨のおかげでできてるの。雨の恵みは、みんなに潤いをもたらすんだよ」
「雨は良いものなの?」
「良いところもあるし悪いところもあるわね。たとえば濡れちゃうと体が冷えて風邪をひくかもしれないから、お外で遊べない。それでヒュエトスの友だちは雨が嫌いなのね」
「だったら、俺は雨なんていらないよ。雨があるから俺はきらわれるんだ」
「さっき良いところもあれば悪いところもあるって言ったでしょう? それは雨だけじゃなくて、世の中の物事みんなそうなの。一つの面だけ見ていても、その裏側までは見えないのね。わかるかな」
「うーん……? むずかしいよ母さん」
「ヒュエトスは誰かに幸せを与えられるってこと」
 そう言って母さんは俺を抱きしめた。腕の中にいるとあったかくて、俺はすぐに眠ってしまった。
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