第27話「遠い記憶」

文字数 3,436文字

絆。
感情。
愛。
憎しみ。
人との関わりが、それらを生み出す。
「フィンよ。覚えておけ。お前の使命に、それらは不要なのだ。
罪を償うことが、お前にとって一番大切なこと。
何かをなすとき、何かを犠牲にしなければならない。
心を常に平穏に保て。乱されてはならない。
魔物を浄化するためには、心が平穏でなければならない。
乱れた心では、乱れた心を持った魔物には通じない。
お前自身が心を安定させておかなければ、魔物は浄化されないのだ。
浄化の力とは、そういうものだ。」

 魔物の気配に気付いて駆けつけた。
 いつものように、魔物の体に触れて、浄化しようとした。
 だが、魔物にフィンの心の声は届かなかった。
 魔物はフィンに答えず、襲い掛かってきた。
 フィンは、魔物を浄化出来なかった。
 魔物に襲われそうになったアリスをかばって、背中に魔物の爪が刺さった。
 フィンは深い傷を負いながらも、ジンジャーたちの助けもあって、そこからなんとか逃げた。

「どういうことなんだ…。」
 宿のベッドに横たわった状態で、フィンは呟いた。何故、魔物を浄化出来なかったのか。こんなことは、初めてだった。
「フィン。どうしたんだ?お前が魔物にやられるなんて。」
 ジンジャーが言った。
「…分からん。今回は失敗した。」
「ごめんなさい。」
 アリスが涙ながらに言った。
「なんでお前が謝るんだ。」
「だって…フィンはあたしを守るために…こんな酷い怪我をしてしまったんだもの。」
「気にするな。俺がトロかっただけだ。」
「何かを守るための力なのかい?その浄化能力ってのは。…違うんじゃないの?」
 ラムが言った。
「君は心を乱していた。それで魔物を救うことが出来なかったんだ。そんな中途半端なヤツに、魔物が心を許すと思うのかい?浄化能力なんて都合のいい力には、それ相応に何かを捨てなきゃいけないんじゃないのかい。」
 ラムの言葉がフィンの心に突き刺さった。その通りだったからだ。
 浄化能力。それは、フィンにしかない力。
 そして、それは何かを守るための力ではなく、魔物を救うための力なのだ。そのために、いつでも心を乱してはならない。心の乱れた魔物と心を通じさせるために。乱れた心では、魔物の心には届くはずもない。
 分かっていた。心に生まれたモノ。守りたいと思う心。フィンは、使命との間で苦しんだ。
 こんなことは、今までになかった。
 何故、俺は罪を犯してしまったのか。
 今更、後悔しても遅い。遅すぎる。
 死なない体。永遠に償わねばならない運命。
 フィンはただ、眠っていたかった。今は、ただ眠りたかった。

「フィン!」
 弾むような、澄んだ声。
 銀色の髪の子供は、その方を振り返った。
「フィーネ!」
 フィンと呼ばれた少年のもとへ、フィーネと呼ばれた少女が走ってきた。
 フィーネもまた銀色の髪をしていた。二つに結んだ長い髪が、走るたびに揺れてきらきらと輝いた。
「おめでとう!フィン!神官になったんでしょ。まだ12歳なのに。こんなに早く神官になれるなんてすごいわ!」
「でも、神官になったら、フィーネとは遊べなくなるよ…。」
 フィンは寂しげに言った。
「そうね…。でもずっと言ってたじゃない。お父さんみたいな神官になりたいって。あたしには、フィンみたいな力がないから、うらやましいわ。同じ双子なのにね。どうしてあたしには、フィンみたいな霊力が身に付かなかったのかしら…?きっと、その分がフィンに与えられたのね。フィンは、生まれつきすごい霊力を持って生まれたって言うし。でもあたしはいいの。フィンが立派な神官になるのを楽しみにしてるわ。」
 フィーネは碧の目を輝かせて、明るく笑ってみせた。

 フィンが家を出て、神殿へ行く日がやって来た。
「フィーネ!」
 フィンは、フィーネを抱きしめた。
「ボクは必ずここに帰ってくるから!立派な神官になって、フィーネの喜ぶ姿が見たいんだ!」
 フィンは泣きながら叫んだ。
「うん!あたし、待ってるから!」
 フィーネも泣きながら、フィンを抱き返した。
「お母さん!」
 フィンは、母親に抱きついた。
「待っててね。ボクが帰ってくるの…。」
「フィン。あんたなら、お父さんみたいになれるわ。張り切って行ってらっしゃい。皆でその日を待ってるから。」
 母親は優しく微笑んだ。
「お母さん!フィーネ!」
 数人の神官たちに連れられて、フィンは歩き出した。
 そして、時折振り返って、二人が手を振るのを見た。
 涙がとめどもなく溢れ出てくる。
 フィンは二人に向かって大きく手を振って、その後は前だけを見て歩いた。
 涙を拭いて。
 これからは、神官だ。
 大神官長である父親に恥じないよう、修行に励み、少しでも早く立派な神官になる。
 それがフィンの夢だった。

 丁度その頃、一人の16歳の若者が、切り立った断崖の上に立ち、大海原を見つめていた。
 彼の名は、ブランデー。神官でありながら、勝手に神殿を抜け出して、今まさにこのムーの地を離れようとしていた。
 何百メートルもある崖の下を覗き込み、彼は深呼吸を一つして、運んできた小船を下の海に向かって投げ出した。そして、彼自身もその下へと飛び降りていった。
 霊力を使い、下に落ちた小船の上にふわりと着地した。
「よし!成功!」
 ブランデーは嬉しそうに叫んで、小船を漕ぎ出した。
「わくわくするなあ!いい天気だし!今頃、大騒ぎだろうなあ、神殿の連中は。」
 くすくすと、ブランデーは明るく笑った。
「父さんと母さんには悪いけどさ…。僕はどうしても世界に出て行きたかったんだ。ムーはいい所だけど、閉じた場所としか、僕には思えないんだよね。もっと、広い世界を見たい。僕の冒険は始まったばかりだあーーっ!」
 ブランデーは両手をぐんと伸ばして、大きく叫んだ。
 しかし、快晴はいつまでも続かなかった。
 やがて嵐が吹き荒れて、ブランデーの手作りの小船は、ぼろぼろに砕け散った。
 ブランデーは海に投げ出され、嵐の波の中をさまようことになった。
「こんなの、平気だ!」
 ブランデーは木の切れ端に捕まって、なんとか命を繋ごうとしたが、いつものような力は使えず、次第に意識は弱まっていった。
「…絶対に…死なないぞ…。」

 淡いオレンジ色の空。夕焼け。
 一人の少女が、海辺を散歩していた。
 薄い褐色の肌をしていて、長い金髪を二つに束ねていた。
 その少女の大きな青い瞳が、何かを発見して輝いた。
 浜辺に、人が倒れている。
 少女は傍へ行き、声を掛けた。
「もしもし?どうしたんですかあー?」
 しかし返答はない。
 少女は首を傾げて、倒れている人の背中を強く揺すった。
「ねえ!何してるの?死んだふりしてるの?それともホントに死んでるの?」
 少女は倒れている人の頭をコツコツと叩いてみたり、両足をぶるぶると震わせてみたりした。
「大変だわ!」
 突然、少女の顔が青ざめた。
「あたし、死体を見つけちゃったみたい…!」
 少女は倒れている人に向かって手を合わせた。
「どーぞ安らかに。」
「…う…ううう…。」
 倒れている人が、弱々しく声を上げた。
「ぼ…僕は…し…死んで…ない…。」
「ひええーーーっ!!死体がしゃべったあーーー!!」
 少女は驚いて、後ろへ飛ぶように退いた。
「死体じゃ…ない!」
 倒れていた人が、よろよろと身を起こした。
 ぼろぼろに破れた服を身に纏い、ぼさぼさの金髪に、汚れた顔の少年。
「何なのー?あんた!」
「ここ…どこ…?」
 少年はぼーっと辺りを見回した。
「ここはアトランティスのド田舎・コーラルよ。あんたどっから来たの?」
「ア…アトランティス…。」
 少年は一瞬、驚いたような顔をした。
「何ビックリしてるの?どーせここは田舎よ。ホントにここがアトランティスなの?って顔しないで。悲しくなるから。だけどあたしはここが大好き!だって、自然がまだいっぱい残ってるんだもん。あ、そーだ!あたしの名前はローズ。あんたは?」
「僕は…ブランデー…。」
 そう答えるや否や、ブランデーは倒れた。
「ああっ!やばい!死んじゃう!誰か!誰かーー!」
 ローズはブランデーの体を引きずって、叫んだ。
 遠い意識の中で、ブランデーは、自分がアトランティスに来てしまったことを知った。
 アトランティス。
 ムーとは正反対の世界。
 よりによって、そこに来てしまった。
 胸がドキドキした。
 冒険の扉が、今まさに、開かれたような気がしたから。
 冒険の始まり。
 そしてそれは、悲劇の始まりでもあることに、ブランデーはまだ気付いていなかった。
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