第6話「猟師ラム」

文字数 2,124文字

 日光が照りつける、少しばかり暑い午後。
 大きな都会の街に、その男はやって来た。
 つばの広い大きな白い帽子に、青いマントと黒光りした長い銃。
 男の名は、ラム。
 ラムは爽やかな明るい笑顔で、町を見渡した。
「…汚い街。」
 そう呟いて、歩き出した。

「猟師さま!」
 ラムの姿を見つけた女が、傍に近寄ってきた。
 そして、頭を下げた。
 しかしラムは聞こえなかったようにして、そのまま通り過ぎようとした。
「お待ち下さい!」
 女はラムを追いかけてきた。
 ラムの前に立って、懇願するように手を合わせた。
「助けて下さい!魔物がこの街にいるんです!」
「うっとおしいよ。そこ、どいてくれない?」
 ラムは冷たい目で女を見た。
 女は薄汚れた服を着て、裾の破れたスカートをはいており、裸足だった。
「お願いです!どうか助けて下さい…。」
「金持ってないでしょ?他を当たってよ。」
「私の子供が…さらわれたんです…魔物は…人間のような姿をしていました…。でも、人間じゃなかった…。目が赤く光って…。」
 突然、ラムの目つきが変わった。
「…人間に似た魔物?」
「はい…。青白い顔で…満月の夜、子供をさらってどこかへ消えたんです。私の子供だけじゃなく、他にもさらわれているようです…。大人は襲われもしません。子供ばかりが…。」
「そう…。」
 ラムは、何事か考えているようだった。
「分かった。」
 しばらくして、ラムはにっと笑った。
「助けてあげるよ。報酬はなくてもいい。どうせ払えないだろうし。」
「あ、ありがとうございます!」
 女は、深く頭を下げた。

 月明かりの煌々と差す池の橋の上。
 そこに、金髪をきらきらと輝かせて、ラムが立っていた。
 ラムは、手にしていた酒をぐいと飲み干すと、早足で歩き出した。
 酒瓶を持っていない方の手には、片手で持てるくらいの大きさの斧が握られていた。
 到着した場所は、街の外れにある狭い空き家だった。
 ラムは、扉を蹴破って中に入った。
 部屋の中には、子供が数人いた。
 一人だけが、かろうじて虫の息で生き残っており、他の子供たちは皆既に死んでいた。
 子どもたちの中央に、魔物が一人立っていた。
 魔物は人間に似た姿をしているが、異様に細長い背格好をしていた。
 黒い髪を背中まで長く伸ばしており、長い黒いコートを着ていた。
 青白い顔の中で、鋭く細い目が赤く光っており、口から、鋭い牙が出ている。
 魔物は、ラムをじっと見つめたまま、微動だにしない。
「ケケケ…。」
 魔物は、不気味な笑い声を上げた。
 ラムは、ちいと舌打ちすると、いきなり、魔物の首を掴んで、締め上げた。
「この…腐ったバンパイアめ。」
 ラムは、恐ろしいほど大きく目を見開いて、魔物の腹に激しい蹴りを入れた。
「ぐう…っ…。」
 バンパイアは、呻き声を上げて、その場に倒れた。
「何故、子供ばかりを襲った…。」
 ラムは、そのバンパイアの顔を踏み付けたまま、言った。
「ケケ…子供の血は最高だ…。ケガレがない…。極上の美しい血だ…。」
 バンパイアは、しわがれた声で、笑い続けた。
「死ね!」
 倒れたバンパイアの心臓めがけて、ラムは銃を撃ち込んだ。
「これくらいじゃ死なないだろう。とどめだ。」
 更に斧で、ラムはバンパイアの首を切断し、切断した首を、袋につめて縛った。
「さて…。」
 ラムは、生き残っていた子供に近付き、その首に手を当てた。
「…まだ生きている…。」
 子供が、無意識にラムの手を握った。ラムは顔をしかめたが、子供を背負い、手にはバンパイアの首の入った袋を持って、外に出て行った。

 橋の下に建てられた、小さなぼろ小屋が、女の住居だった。
 そこへ、ラムが子供を背負ってやって来た。
 女は小屋の外で、ずっと待っていたようだった。
「猟師さま!」
 女は、ラムの姿を見つけると、急いで駆け寄ってきた。
「あ…ああ…シルフ…。」
 子供の姿を見ると、女はほっとしたのか、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「もう魔物は出ないと思うよ。頭を切り落としたからね。バンパイアってのは不死身だけど、弱点がないわけじゃない。奴の頭が胴体と繋がらない限り、復活することはないよ。安心して。」
 にっこりと、ラムは微笑んだ。
「さあ、早くこいつを病院に連れてったら?ほっとくと死ぬよ。」
 ラムは、子供を背中から降ろして、泣いている女に押し付けるようにした。
 女は子供を強く抱きしめた。しかし、子供には意識がなく、ぐったりしている。
「…いいんです…。この子とまたこうして会えるなんて…。それだけで…。」
「ほら…。」
 ラムは、女に小さな袋を渡した。
「え…?」
 女は中身を見て、驚いたように顔を上げた。
 しかし既に、ラムは立ち去る所だった。
「あ!待って!」
 女は遠くへ去って行くラムの後ろ姿に向かって、大声で叫んだ。
「ありがとうございます!」
 女は泣きながら、金の入った袋を握り締め、子供を抱きしめた。

 ラムは、片手に、昨夜切り落としたばかりのバンパイアの首の入った袋を持っていた。
 その袋に火をつけて、燃やした。
 胴体は、既に死体置き場に捨ててきていた。
 燃えているバンパイアの首を、何の表情もなく、ラムは見つめていた。
 青い目に、赤く燃えている火が映っていた。

 
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