第11話「刻印」

文字数 2,654文字

(フィン。何であんな奴を連れて来たのさ。)
 猫の姿のテキーラが、フィンに話しかけてきた。
「連れて来たわけじゃない。あいつが勝手について来たんだ。」
 真昼の空の下、フィンは木陰で休んでいた。時々、その辺に生えている草を食べながら。
(奴を殺すなら今だよ。)
 街道の途中にある休憩所に馬車を休ませていた。
 ジンジャーとアリスは小さな宿泊所に入って既に寝ていた。
 ラムは、馬車の中で寝ていた。
(あたしが殺してやろうか。)
「何言い出すんだ。」
(あいつ、あたしたちを殺そうとしやがったくせに、のうのうとついてきた上に、何さ、あの馴れ馴れしい態度。殺してやりたい!)
「まあ、落ち着けって。あいつの好き勝手にはさせないから。お前らを危険な目には遭わせない。大丈夫だ。」
 草を頬張りながら、フィンは言った。
(頼もしいねえ。)
 猫のテキーラはごろごろと喉を鳴らしながら、フィンに体を摺り寄せた。
(だけどあたしは認めないよ。あいつが仲間なんて。今まで何人魔物を殺したか知れないんだ。その中にバンパイアもいたかもしれない。そんな奴、絶対に許せないよ。)
「しかし気になることがある。ブランデーというバンパイアと、あいつとの関わりだ。」
(ジンジャーが言い出したことだけど、そんなに似てんのかねえ。あたしにはさっぱりだけど、アリスも何か気になるような感じだったし…。ちくしょう。そのせいで、あいつを殺すに殺せないんだ。)
「俺にとっても迷惑。だから今、ある所へ向かっている。」
(ある所?)
「ルビーという町だ。町、というか、もう廃墟なんだが。」
(何なんだよ、そこは?)
「昔…旧世界で、そこは大きな都だった。」
(旧世界って…フィン、お前何でそんなこと知ってんのさ?何百年も昔のことだろ。)
「とにかく、そこへ行けば、何か分かるかもしれない。俺は早く、お前らから解放されたいんだ。」
(フィン?)
 何秒とたたないうちに、フィンはぐうぐうと眠り始めた。

「これは、何も斬ることの出来ない剣だ。」
 錆び付いた剣。
「これを、お前に与える。」
 渡された剣は重かった。
 それを背中に帯びた。
 体が、その剣に縛り付けられるような感覚を覚えた。
「お前には相応しい。」
 重々しい声が響いた。
 頭の中に。心の中に。
 重かった。

「起きろ。」

 ぱっと目を開けたフィンは、すばやく傍らに置いていた剣を掴んだ。
 既に日が暮れて、夜になりかけていた。
 テキーラはそこにいなかった。
 しかし、暗がりから、誰かがこちらに近付いてくるのが見えた。
「フィン…。」
 ラムだった。
「その剣、相当大事なものみたいだね。」
 ラムは微笑みを浮かべて、フィンの隣に座った。
「僕の気配に気付いて飛び起きた途端、剣を掴んだからね。」
「猟師なんだ。当然だろう。危険を察知したからな。」
「僕が危険だと?」
「その通り。」
 フィンはラムに目もくれずに言った。
「残念だなあ。そんなふうに思われるのは。確かに、僕はアリスたちを殺そうとしたけどね…。」
 ラムはため息をつき、フィンを見つめた。
「時々、自分でも分からなくなるんだよ。急に怒りが込み上げてきて、何もかも滅茶苦茶にしてやりたくなる。何かを破壊したり、殺したりすると、すっきりするんだ。何故かは分からないけど。」
 真顔でラムは言った。
「でも今はそんな気は起こらないんだ。本当だよ。こんなことは久しぶりさ。分かってるんだ。それが、フィンのおかげだってことは。誰に嫌われても気にしない。でも、フィンには分かってもらいたいんだ。」
「だったら、まず、アリスとテキーラに謝るんだな。ジンジャーにも。お前は、バンパイアを皆殺しにすると言ったんだからな。俺に媚びる前に、あいつらに謝るのが先だ。」
「そうだね。すっかり忘れてたよ。」
 ラムは、微笑みを浮かべた。
「…それで、何日かかるのかな。その、ルビーという所までは。」
「何だと…?」
 フィンは思わず聞き返した。
「今、何て言った?」
「え?いや、だから、ルビーまで何日かかるのかなって。非常食をここでためておきたいんだ。」
 ラムは、抜け目のない目で辺りを見回した。ここには、当然、何人もの旅人が泊まっている。
「…聞いていたのか?」
「何が?」
「俺は、お前には何も言ってない。」
「あれ?変だね。何かルビーに行くって言われた気がしたんだけど。違うのかい?」
「確かに、ルビーに行くつもりだが…。」
 心の中でのテキーラとの会話(テレパシー)の中では言ったが。

 その晩、フィンたちの馬車の御者一人を残して、休憩所にいた人々は皆殺しにされた。
 殺したのは、ラム一人ではない。
 ジンジャーもテキーラも、人々の血を頂いたに違いない。
 しかし、大半はラムによるものだった。
「これだけあれば十分だ。」
 ラムは、注射器のようなものを取り出して、人間にぶすりと刺してそこから血を採り、用意していた何本かの酒瓶に注ぎ込んだ。
「何してんだ…?」
 ジンジャーとテキーラが、それを不審な目で見ていた。
「非常食さ。」
 にっこりと笑って、ラムは答えた。
「やりすぎだ。」
「大丈夫。一人は生かしておいた。彼にはまだ働いてもらわないといけないからね。」
 ラムの傍に、御者が倒れていた。
「おい、いい加減に目を覚ませよ。」
 気を失って倒れている御者の顔を、ラムは軽く蹴った。
「ううっ…。」
 御者は、一滴も血を採られていないようだった。かすり傷一つも負っていない。
 しかし、目を覚ました御者は、死体の山を見て悲鳴を上げた。
「ぎゃああああ!!」
「実は、さっき魔物が現れてね…。」
 ラムは、微笑みを浮かべながら、御者に顔を近付けて言った。
「つい今しがた、僕たちが退治した所だったんだ。残念ながら、生き残ったのは、僕たちだけなんだけどね。」
「そ…そんな…。」
 がくがくと震えている御者の肩に、ラムは手を置いた。
「これから、すぐ出発したいんだ。行ってくれるね?」
 御者の震えが止まった。
「はい。猟師さま…。」
 まるで操り人形のような動きで、御者は立ち上がった。
「お前…何かしたのか?」
 ジンジャーがラムに聞いた。
「何が?」
「今の…どう見てもおかしいだろう。」
「何もおかしいことはないよ。さあ、馬車に乗ろうじゃないか。その中で、君たちに改めて謝りたいし。」
 馬車に一足先に乗り込むラムの後ろ姿を、ジンジャーとテキーラは黙って見つめていた。
 その更に後方で、フィンは一連の様子を窺っていた。
「怖い…。」
 フィンの後ろで、アリスが震えていた。
「でも…気になるの。」
 アリスの瞳は、馬車の中に向けられていた。
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