18:身体を休めるのも仕事のうち

文字数 4,905文字

 ガチンガチンと、大きな歯車が響き渡る。回転し続けるそれは俺の頭上でぎこちなく動いていた。
 なんだか止まりそうな気がするけど、あれは大丈夫なんだろうか。

 そんな心配をしているとゴリラッパーの姉貴である依乃里さんが近づいてきた。何か企んでいるような目をしているが、気のせいだと思いたい。

「やっほ、少年! 探索者の大先輩であり生きる伝説でもある此花さんのことを考えてた?」
「いや、全然」

 依乃里さんはなかなかにしつこい。なぜそう言い切れるかというと、自分の大好きなものを相手が好きになってくれるまで永遠と語るためだ。
 あまりにもしつこすぎるから、この人が語る此花さんという偉大な探索者が嫌いになりかけている俺がいる。
 一応、そのことを態度で現してるんだけどなかなかに鈍感なのか気づいてくれない。

 ちなみにカナエはすでに拒絶反応を出しており、依乃里さんが「此花さん」という単語を耳にした瞬間ダッシュで逃げる状態になっていた。
 まあ、あれだ。しつこい奴は嫌われるってことだな。

「そういってホントは興味あるんでしょ? このひねくれ者ぉ~」
「ないです。というか依乃里さんが捻れてるでしょ」
「バァーカ。私のこれは一途ってものよ。あぁ、ホントすごい人なのよ此花さんって。もうヤバいわ! あの姿、立ち振る舞い、行動力にマジでシビれる憧れるぅぅ!」
「そうですか、付き合ってられません」

 顔を合わせるたびにこいつはこんな感じだ。ウザいったらありゃしない。
 見た目はカナエと違う感じで綺麗な人なんだけど、こうまでしつこくされると嫌になるな。

 そんなことを考えながらしつこい彼女から逃げる。でもやっぱり依乃里さんは追いかけてくるので、俺は影糸を使って適当な柱に縫いつけてやった。
 井山は「何をする少年ほどけー!」って叫んでいたけど俺は無視して奴を撒く。これ以上、此花さん伝説を聞きたくないしな。

 そんなこんなで俺は一人で村を散策し始める。やっと自由になれたし、精神的に休めるなと感じながら迷宮村をうろつき始めた。

 そういやカナエはどこ行ったんだ?
 あいつ、依乃里さんを警戒してどっかに隠れてるし。

 何気なく俺は周りを見渡してみる。目に入ってくるのは歯車とパイプ、鉄板でできた村の建物だ。
 よく見ると個性あるようでボックス型スピーカーが飾れていたり、様々なアンテナが取りつけられていたり、中には時計がつけられていたりと様々だった。

 これ全部、迷宮で拾ってきたものなんかな?
 ガラクタ感がすごい出てるし統一感がないからかすごい目立つ。

『お、少年! お前もう動けるようになったカ!』

 歩いていると妙に熱量の高い声が聞こえてきた。振り返るとそこには俺を助けてくれたグレンと似たロボットがいる。
 その顔をよく見るとヒゲがあり、ヒゲをよく見ると砂鉄らしいものがあった。

 毛の部分はどうやら砂鉄っぽいもので作られてるみたいだな。もしかすると髪型を簡単に変えられそうな気がする。
 にしても立派なヒゲだ。顔の半分が覆われるぐらいすごい毛量だよ。

「出入り口を封鎖してるって聞いたけど、もういいのか?」
『心配するナ! 鍵はしっかりかけておいタ!』
「俺達も出られないな、それ」
『ハッハッハッ! それはスマンナ! それよりも少年、傷はもういいのカ?』

「まだ痛いけど動く分には問題ないかな」
『それはいかんナ! 少年、もっと身体を休ませロ! 何をするにも身体が元気でなければ何もできんゾ!』
「あー、確かに。だけど黙って横になってたら暇だし、それを狙ってくるうるさい奴がいるし」
『それでも休むんダ! うるさい奴は俺がどうにかしてやるから帰るゾ!』

 俺はなんかダンディーなグレンに腕を引っ張られていく。あぁ、もうちょっと村を散策したかったんだけど。
 まあ、こうなったら仕方ないか。助けてくれた奴だし、心配を無碍にもできないしな。

 そんなこんな思いながら来た道を俺は戻る。にしても、強い力で手を引かれるのはいつぶりだろうか。
 小さい頃、親父にこんな感じに連れ回されたもんだ。あの時の親父はすごい元気で、子どもの俺よりもエネルギッシュだったな。

 なんか、懐かしい。

『どうした?』
「ちょっと思い出してた。そんだけだよ」
『ふム? よくわからんがまあいイ。身体を休めるのも仕事のうちダ。二号の準備ができ次第、出発だからな。それまで休メ!』
「わかったわかった。何回も言うなよ」

『いや、何回も言ってやろウ! お前のような者は無理矢理にでも休ませんと無茶をすル! だから俺が休ませてやル!』

 まるで親父に怒られてる気分だ。ったく、仕方ないな。
 しっかり休んでやろうじゃないか。

 俺はそんな決断をしてグレンの家に戻っていく。だけど、そんな悠長に構えている時間はないってことをこの時の俺はまだ気づいていない。

 もちろん、ここに暮らす迷宮の住民(イザナイ)や探索者の全員が訪れる危機に気づいていなかった。

 だけど、すぐにその報せがやってくる。
 そう、天井で回っていた歯車が突然崩れ落ちるという形で。

――ガコンッ!

 初めは歯車のぶつかり合いだと俺は思った。だけどそれにしては妙に大きな音だ。
 思わず見上げると、噛み合っていた歯車が甲高い悲鳴を上げて崩れ落ち始めていた。それはまるで、迷宮に異常を知らせているかのようなもの。
 だけど、その崩壊は唐突に止まる。本当にギリギリのところで歯車が踏み止まったんだ。

――ギギギィッ。

 今にも崩れ落ちそうな歯車は頑張って回転しようとしていた。だが、その音は懸命に死から逃れようと藻掻き悶えているように思える。
 まるで死へのカウントダウンを聞いているような気分になってしまう。そして、その感覚は間違っていなかった。

『大変なことになっタ!』

 ダンディーなグレンの顔色が変わる。それでもそいつは俺の手を掴んだまま走っていく。
 何が起きたのか詳しくはわからない。たけど何となく危険だということだけは伝わってきた。

 手をこまねいている場合じゃない。そう思い、グレンの手を振りほどこうとした瞬間だった。

「明志! 上!」

 カナエの声が飛び込んでくる。咄嗟に振り向くと何やら慌てたような顔をしていた。
 なんだ、と思っているとまた天井から音が響く。今度はさっきとは比べものにならないほど大きな音だ。

 その音が村で暴れた直後、俺はカナエが何を伝えたかったのか気づく。

『いかン!』

 先ほどの衝撃のせいで瓦礫がたくさん落ちてきていた。その数はたくさんあり、数えるのが億劫になるほどである。
 そんな瓦礫が降り注ぐ中、俺は一つの選択を迫られていた。

 自分だけ助かるか、グレンと一緒に生き延びるか。
 当然、俺が選んだのは後者だ。だが、普通に対応しても瓦礫をどうにかすることはできない。

「見つけたぞ少年!」

 こんな状況の中、柱に縛りつけたはずの依乃里さんが飛び込んでくる。
 一体どうやって脱出したんだこいつ、と思わず苦虫を噛み潰した気分を味わっていると彼女は叫んだ。

「何してるの! 死ぬわよ!」

 依乃里さんは持っていた探索者コインを使い、一つの武器を出現させる。それは見た限り漫画やアニメでしか見ない近未来兵器〈レーザーガン〉だ。
 なんつー兵器を持ってるんだこいつは、ってツッコミを入れていると依乃里さんはトリガーを引いた。

 直後、目に留まらない速さでレーザーが飛ぶ。そして瓦礫の一部に直撃すると途端に光が弾けた。

「うおっ!」

 それはそれはすごい光の爆発だ。あまりにもすごすぎて俺の影が一瞬吹き飛ばされてしまう。
 というかこの威力なんだよ。迷宮が普通に吹っ飛びそうなんだけど!

『うおオ! 今の衝撃でデカいのが落ちるぞ!』
「っざっけんなよ!」

 とんだとばっちりだ!
 というか回ってた一番デカい歯車が落ちてきたじゃねーか!

「うわっ、やりすぎた!」
「どうにかしてくださいよ、依乃里さん!」
「無理! これ一発撃ったらしばらく使えないもん!」

 肝心な時に役に立たないな、こいつ。あーもー、仕方ない。やりたくなかったけどこいつをパーティーに加入させよう。

「依乃里さん、探索者コインを出して!」
「どうしたの急に? あ、もしかして此花さんの魅力に気づいた? いいでしょう此花さんって。ダンディーだし素敵だし何より――」
「わかったよ素敵だよ! のろけ話は後でたっぷり聞いてやるからとにかく出してくれよ!」

 俺が魂の叫びをすると井山が探索者コインを出してくれた。俺はそれに自分の探索者コインを重ねると不思議な青い光がこぼれる。
 これでパーティー加入は完了だ。
 あとは、依乃里さんの覚醒スキルを借りて瓦礫を処理するだけ。

「発動しろ覚醒スキル!」

 俺は依乃里さんの覚醒スキルを発動させる。するとなぜか全身がなぜか真っ黒なスーツに包まれる。
 目はサングラスに覆われ、左手首に腕時計と、昔の映画に出てきたスパイの気分に浸れる姿だ。

「何これ?」
「ちょ、何したのアンタ!?」
「何って、依乃里さんの覚醒スキルを発動させただけだけど?」
「バ、バカァ! それ此花さんにしか許されてない姿なのよッ」

「は? でもこれどう見ても昔の映画に出てきたスパイ――」
「そうよ此花さんはスパイ映画の主役を演じた俳優よ! 探索者でもあるけど本業はそっちなんだからね!」

 もう訳わからん。情報多すぎてヤバいって。
 というかここまで来たらただのファンじゃね?

『お前達ふざけてる場合か! 落ちてきたぞ!』

 ダンディーなグレンの叫び声を聞き、俺は頭上に目を向ける。もうケンカをしている余裕はないし、これでどうにかしなきゃ村ごと俺達は歯車に押し潰される。
 ああ、くそ。こうなったら破れかぶれだ!

「依乃里さん! あの歯車をぶっ飛ばせる武器ってあります!?」
「腕時計かな。あ、でもそれ使い方を気をつけないと――」
「腕時計ですね! わかりました!」

 俺は流れ込んできている覚醒スキルの情報を漁り、腕時計の使い方を見つける。もうそこまで迫ってきている歯車に向け、リューズを押す。
 直後、光が閃く。そしていつの間にか身体は後ろへ転がり、光が空を飲み込んでいた。

 なんだこの威力。
 あのバカデカい歯車が一瞬で塵と化したんだけど……

「きゃ! とんでもない威力だわ。さすが此花さん装備ね!」

 なんか考えるのがバカらしくなってきた。とりあえず助かったことを喜ぼう。

「明志、みんな。大丈夫?」

 俺が依乃里さんに冷ややかな視線を向けているとカナエが駆け寄ってきた。ひとまず大丈夫だということを伝えると、カナエは安心したような表情を浮かべる。

「よかった。明志、傷は開いてない?」
「ああ、大丈夫だよ。グレンの治療がよかったからだな」
『お前の回復力が高いからダ。俺は何もしていなイ』
「なら私に感謝しなさい。いえ、此花さんに感謝しなさい少年!」

「わかりました。わかりましたからもういいです」

 この人はどこまで此花さんに心酔してるんだよ。まあおかげで助かったけど。
 にしても、なんだか不気味だな。突然、迷宮が崩れるなんて。今までいろんな迷宮に潜ってきたけどこんなこと一度もなかった。

 まるでこの迷宮自体が崩れ去ろうとしているみたいだ。

『た、大変だゾ』

 俺が違和感を抱き考えているともう一人のグレンが慌てて走ってきた。
 それを見たダンディーなグレンはこんな言葉をかける。

『まさか、コアに異常が起きてるのカ!?』
『そうだアニキ! ライフギアが完全におかしいから、コアに何かが起きてるヨ!』
『それはいかン! 早く対処しなかれバ!』

 とても慌てた様子でグレン達は振り返った。そして手短に事情が変わったことを教えてくれる。

『早くしないとこの迷宮自体が消えル!』
「消えるって、消えたらどうなるんだよ?」
『わからン。だが、確実によくないことは起きるだろウ』
『とにかく迷宮の一番奥に行ク! 早くしないとヤバイ!』

「わかった。すぐに準備を済ませるよ」

 慌ただしい出発となる。それだけ状況が悪いんだろう、と思いつつ荷物を取りに戻る。
 一体何が起きてるのか。俺は全くわからないまま仲間と一緒に迷宮の最深部へ向かうのだった。
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