4:何ごともなりゆきで

文字数 3,078文字

 生きるとは常に何かを選び続けること。
 運命とはその選択によって訪れるだろう結果のこと。
 では、俺はどんなことを選んだのだろうか。少なくともこんな小難しいことなんて考えちゃいない。

「Pururururuuuu!!!」

 大興奮するビッグスライムは大きな雄叫びを震わせながら上げた。それに伴い全身を震わせ、同じように大地も震わせている。
 どうやらとても強い個体のようだ。その証拠に傷ついたはずのコアが完全に再生している。しかもかなり怒っているのか青い粘液体が真っ赤に染まっていた。

 こうなると逃げることはもう不可能だ。元々逃げる気はないけど、いざ怒りで我を忘れているモンスターと対峙すると嫌な震えが起きるもんだな。
 だけどまあ、昨日のミノタウロス二体の時よりは全然マシだ。まだビッグスライム一体のほうが戦える。

 そう思っていると唐突にビッグスライムはバァンと弾けた。咄嗟に飛び込んできた欠片を躱し、俺は難を逃れる。

 いきなり爆発した。自滅か?

 そう思いつつ振り返ると、そこには真っ赤に染まったビッグスライムが十体もプルプルしながら蠢いていた。

「は?」

 あり得ない光景に思わず間抜けな声を俺は上げてしまった。そんな大きな隙を見てビッグスライム達は襲いかかる。
 大きな奇声を震わせ、俺を絡め取ろうと突撃してきた。俺は咄嗟に〈強欲の探索者コイン〉をギリィと強く握り、スキルを発動させる。すると俺の影から針が伸び、飛びかかってきたビッグスライム達に突き刺さった。

 そのままコアを貫くために俺は自分の影を踏むと、途端に針はビッグスライム達の身体を貫く。だが、スッという妙な感覚が俺の頭に届いた。
 それは言葉で表現するなら、ゼリーに針を力の限り突き刺したような感覚だ。まあ、つまりのところ全くの手応えなしということ。
 だからすぐにこのビッグスライムのおかしさに俺は気づく。

「Pururururuuuu!!!」
「PPururururuuuu!!!」
「PPPururururuuuu!!!」

 僅かな行動の鈍り。それを見てビッグスライム達は容赦なく突撃してきた。
 針で身体を貫かれているにも関わらず、痛みなんて全く感じていないかのように突っ込んでくる。
 さすがにそんな相手を迎撃する勇気はない。俺はすぐさまスキルを解除し、突っ込んでくるビッグスライムから逃げた。

 一点に突撃したビッグスライムはそのまま合体する。あろうことか前よりも身体が大きくなっていた。
 なぜこんなことになったのか。その答えは先ほどの手応えなしにある。

「そこか!」

 俺は周囲を見渡し、ある木陰に針を飛ばす。すると一つの丸い物体が慌てて飛び出した。
 それは先ほど一撃を与えたビッグスライムのコアだ。ビッグスライムの自爆攻撃の際に分身と飛び出しこの木陰に隠れていた。
 剥き出しのコアには防御力がない。だから見つかったことにビッグスライムは慌てている。
 その証拠に肥大化した粘液体が俺に襲いかかろうとしていた。
 でも、そうなることは想定済みだ。

「Purururu!!!」

 この〈強欲の探索者コイン〉のスキルは影を媒体に様々な道具を生み出し、具現化すること。普通に攻撃もできるが、一番に効果を発揮するのは同じ影に対してだ。
 例えば影で生み出した杭を、モンスターの影に打ち込む。するとモンスターは不思議なことにその場から動けなくなる。
 でも、単純に動きを止めても意味がない。だから俺は影糸を生み出し使っていた。

「いい感じの重さだ」

 生み出した影糸は先ほど飛ばした針に繋げていた。だからその針の攻撃を受けたビッグスライムの全てには影糸が伸びている。
 もちろん、コアにもちゃんとついている状態だ。
 それを確認した俺はコアからのびる影糸を引っ張る。するとコアは逃げられなくなり、そのまま宙に浮いた。

 俺は力いっぱいにそれを地面にバンと叩きつける。だが、コアは思ったよりも頑丈だった。全体的に亀裂が入るものの、まだ生きている様子である。
 だからダメ押しの一撃を加えた。
 動けなくなった粘液体から伸びる影糸を思いっきり引っ張る。すると巨大な粘液体はブワッと浮き上がり、瀕死になっているコアへ突撃した。

 普段ならビッグスライムにとって何の問題もない。それどころか元に戻れるチャンスだ。
 だけど今は違う。コアは全体的に亀裂が入り、いわば瀕死。つまり勢いのままぶつかればビッグスライムはタダでは済まない。

「Puuuuu!!!」

 そのことに気づいているのか、コアはパキパキと悲鳴を上げていた。どうにか生き延びようともがいている。
 だが、影糸に影を縫いつけられたそれは逃げることができなかった。

「Puruuuu!!!」

 ビッグスライムのコアはバァーンと破裂した。直後、肥大化していた粘液体がズチャッと崩れ、溶けるように広がる。
 どうやらビッグスライムは完全に事切れたようだ。俺は勝利したことに胸を撫で下ろした。
 下手するとミノタウロスより厄介だった。たまたま影糸が決まっていたから勝つことができたよ。

 そんな感じに戦いの分析をしていると、なぜだか賑やかな声が耳に飛び込んできた。

「助けてくれてありがとう、見知らぬ人よぉー!」
「うおっ!」

 唐突に後ろからガバッと抱きしめられる。思いもしないことに俺は驚き、柄でもなくアホな声を上げてしまった。
 というかなんだよこいつ。普通この状態で抱きついてくるか?

「いやぁー、ホント死ぬところだったぞ。でも君のおかげで助かったのだ! ほら、リスナーのみんなも君のことを褒め称えているぞ!」
「リスナー?」
「おっと、自己紹介を忘れてたよ。私の名前は光城カナエだ!」

 本当になんだこいつ。よくわからないけどすっごい自信満々に胸を張ってるぞ。
 それよりもリスナーってなんだ? あと後ろで飛んでるのって高性能ドローンだよな。つまりこいつは金持ちってことでいいのか?

「反応が薄いな。もしかした私のこと知らない?」
「知らないって、初めて知り合っただろ」
「うそー! どうして、配信を見てるなら誰でも知ってるレベルになってるはずなのに……」
「配信って、もしかしてWetubeやニッコリ動画とかでやってるあれか?」

「そうそう、そうだよ! あ、もしかしてわざと? そうだよね、だって私を知らないなんてあり得ないし」
「悪い、知らないな。ここ最近、迷宮探索ばっかだからアプリすら開いてないし」
「なんとぉぉぉぉぉ!」

 なんかわからないけどこいつめちゃくちゃテンション高いな。おかげで耳がキンキンする。
 にしても配信か。俺は見てないけど、翠はどうなんだろ。動けないようなものだからそれで暇潰してそうだ。

 そんなことを何となく考えていると目の前にいる女の子(配信者)が身体を震わせていた。
 なんか嫌な予感がする、と嫌な勘が働いた瞬間に彼女は泣いた。

「そんなのあんまりだぁぁ!!! こんなに頑張ってきたのに、覚悟も決めたのに、私のことを知らないなんてぇー! こんなのってないよっ!」
「えっと……悪かった」

 なぜかわからないけど俺は謝った。
 なんかそうしないといけない気がした。

 だけど配信者カナエの昂った感情は収まる様子を見せない。ただ感情のままにワンワンと泣き、感情のままに言葉をぶつけられ、感情のままに訴えてくる。
 そんなヤバい状態の彼女を落ちつかせるまで三十分かかった。

 ホント、面倒臭かったよ。

 そんなこんなで俺は配信者カナエと最悪な出会いを果たした。まさかこいつによって生活がとんでもないことになるなんてこの時は知るよしもない。
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