7:秘密の特訓という名のコミュニケーション

文字数 3,589文字

 朝からまさかの有名配信者による襲撃を受けた俺は、三十分かけてご飯を食べ終わっていた。本来ならばワイドニュースから日本や世界の情勢を流し見し、あとは適当に芸能とスポーツ情報を聞き流しているんだが、さすがに今日はそんな暇はない。
 リビングで待っているだろうカナエと合流するために俺は食休みをせずに動き出した。

 できれば迷宮ウォッチャーを起動して今日の計画を立てたいけど、その時間もたぶんない。ということで待ちくたびれているだろう有名配信者様を迎えに向かう。
 だが、俺はリビングに足を踏み入れた瞬間にとんでもないものを目にしてしまった。

「お兄ちゃんは私のものなの! いくらカナエさんでも譲れないからっ!」
「それ困る。明志がいないと今後の配信計画が頓挫する」
「それはちょっと困るかな。でもお兄ちゃんは渡せないから! だって私のだもん!」

 一体何が起きているのだろうか。翠とカナエが大ゲンカしている。というか出会ったばかりだよな、この二人。なのにもう大ゲンカするぐらいにまで仲よくなったのか?
 とても困惑していると、翠が先に俺の存在に気づく。そしてパタパタとかけてきて俺の左腕に抱きついてきた。

 突然なことに俺は大きな戸惑いを抱く。だが翠は俺のこと関係なしにカナエに向けて勝ち誇った笑顔を浮かべた。

「ねぇ、お兄ちゃん。明日の約束を覚えてるよね?」
「約束? あーっと、病院だっけ? 一緒に行くんだったな」
「そうそう。私のためにお兄ちゃんは付き添ってくれるもんね!」
「まあ、そうだけど」
「だから配信に出ている暇なんてないよねぇー?」

 なんか妙な方向に話が進み始めている。何となくカナエに目を向けると、とてもつまらなさそうな顔をしている。しかも頬を膨らませて明らかに不機嫌アピールをしていた。
 あー、なんかよくわからないけど知らないところで面倒なことになっているな。この三十分、こいつらはどんな話をしてたんだよ。 

 まあいい、ひとまずこの二人のために明日の予定を告げておこう。

「午前中は確かに病院で埋まってるな。だけど午後は空いてるぞ」
「ホント?」
「ああ、何か用があるなら午後なら付き合ってやるよ」
「え? 病院終わりはお兄ちゃん、いつも迷宮探索に行ってるじゃん」
「いろいろあって明日はやらないんだよ。ま、ちょっと遅い時間になるけどいいか?」
「うん、いい」

 カナエは俺の提案を納得して受け入れてくれた。
 翠はというと、ちょっと悔しいのか口をアヒルのように尖らせている。その姿は実にかわいらしく、こいつは本当に俺の妹なのかと思ってしまうほどかわいらしかった。

「何、お兄ちゃん?」
「なんでもー」

 さて、かわいい妹の観察はこのぐらいにしておこう。
 俺は目の前で嬉しそうに見つめている少女に声をかける。そう、本日は押しかけてきたカナエのために不意打ちのやり方を教えるのだ。
 まあ、元はといえば俺が昨日適当な約束をしちゃったせいなんだけどな。まさか家を特定されるとは思ってもなかったし。

 とはいえ、カナエの熱量はとんでもないものがある。だから今日は特別に特訓してやることにした。

「そんじゃあ外に行こうか」

 俺は家の小さな庭へ移動するように促した。当然、カナエは後ろをついてきてくれる。
 時間帯は朝の8時――たいていの一般人なら職場や学校にもういる時間だ。つまり、この一帯は人が少ない状態ということでもある。
 人がいると間違えてケガさせちゃうことがあるから面倒なんだよな。だからできる限り少ない状態で特訓を始めるんだ。

 そんな俺の意図に気づいてないのか、なぜかついてきて縁側でぶすっとしながら見つめている翠は茶々を入れてきた。

「お兄ちゃんは厳しいよ。だって私のプリンを食べちゃうんだから」

 それは特訓とは全くの無関係だと思うぞ、我が妹よ。
 まあ、後で勝手にプリンを食べたことを謝っておこう。

 そんな決意を固めつつ、俺はカナエに身体を向ける。そして迷宮に突入するに至って必需品を持ってきたか訊ねた。

「探索者コインのこと?」
「ああ。教えようにもお前のスキルを知らなきゃどうしようもないしな」
「確かにそうだね。持ってきてるよ、でもちょっとうるさくなるけどいい?」
「大丈夫だ。やってくれ」

 どれほどうるさくなるのか。時間帯が時間帯だからちょっとした騒音なら平気だろう、と俺は考えていた。
 だが、それはとても甘い考えだったのである。なんせカナエのスキルは俺の想像の斜め上を行っていた。

「出てきていいよ、グリード」
「WRYYYYYYYYYYY!!!」

 出てきた金ピカに輝く人型ゴーレムがエレキギターをヴィレレレレレッとかき鳴らす。それはそれはえらく興奮しているようで、まるで全身全霊で喜びを表現しているかのような姿だ。
 そしてエレキギターをかき鳴らすため鼓膜が破れてもおかしくない騒音が響き渡っていた。

「だぁぁ! うるせぇぇぇぇぇ!!!」
「だからうるさいって言ったじゃん」
「ここまでヤバいなんて言ってなかっただろ! 早くスキル解除しろ!」
「無理。〈爆音の探索者コイン〉のスキルが発動すると十分はこのまま」
「十分もいるのこいつ!?」

 なんで配信中、探索者コインのスキルを使わなかったのかわかったよ。これはヤバいうるささだ。こんなのがいたら配信できなくなるどころかモンスターに位置バレしてしまう。
 あー、とすると根本的に不意打ちは無理だなこれ。

「でもこの子、とっても強い」
「そうなんか? とてもそうには見えないけど」
「グリーンドラゴンなら騒音で倒せる」
「どんだけヤベぇー騒音なんだよ!」

 これなら不意打ちしなくても真正面から戦ったほうがいいんじゃね? めっちゃ強いし。
 あー、でもドラゴンが死ぬほどの騒音を出すから配信なんてできないか。下手したら配信に来ている視聴者が死ぬな。

「わかった、何が欠点でどうすればいいのかが」

 カナエがどうして俺を頼ったのかわかったぞ。スキルを使いたくてもこれじゃあ使えない。配信中なら余計にだ。
 まあ、このグリードって奴をどうにか使いたいな。でもエレキギターをかき鳴らされてちゃいろいろ困る。

「なあ、グリードってエレキギターしか使えないのか?」
「たいていの楽器は使える。でも、それがお気に入り」
「なるほどな」

 とすると、こいつの性格を矯正していく必要があるのか。なるほどな、ちょっと骨が折れそうだ。

「わかった、やれるだけのことはやってみる」
「お願い」

 カナエは期待に満ちた目で俺を見つめる。あんまり期待しないでほしいが、まあできる限りのことをしよう。
 ひとまずグリードがどんな奴か知っていこう。

「おい、下手くそな演奏をやめろ」
「WRYYYYYYYYYYY!!!」
「聞いてんのか、おい」
「WRYYYYYYYYYYY!!!」

 ダメだ、自分に酔ってやがる。この手の奴は結構自己肯定感が変に高いからな。厄介っちゃ厄介だ。
 逆をいえばそのプライドをいい感じに刺激してやればいい。そのためにも演奏を止めさせるか。

 俺は〈強欲の探索者コイン〉を握り締め、生み出した針をグリードの影にぶっ刺す。途端にグリードは動けなくなり、演奏できなくなった。
 それを確認した俺は、奴の顔を思いっきりブツ。するとグリードはワナワナと身体を震わせ始めた。

「なんでブッタかわかるか? わかるよな? この下手くそ」
「GYYYYY!!!」
「そうだ、悔しがれ。なんせ下手なんだからな。カナエが困るぐらいに下手なんだから仕方ないだろ」
「GYSYAAAAA!!!」
「なら最高の演奏をしやがれ! そうしたらお前を認めてやる。期限は明日の昼下がりまで。それまで練習してこい!」

 俺は挑発に挑発を重ねた。するとグリードは殺気立ち、とてもやる気を出す。
 そのまま姿を消すと、グリードがいた場所に〈爆音の探索者コイン〉が転がっていた。

「ま、こんなもんかな」
「何をしたの?」
「事実を話してデビューの機会を与えてやっただけさ。本当はスキルをどうにか使いたかったんだろ?」
「そうだけど……大丈夫かな」

「あの手の奴は上手くプライドを刺激してやればいい。それに大舞台だ。どうにかしてくるさ」

 カナエは少し不安げな表情を浮かべていた。そんな彼女を見て俺は笑う。

「大丈夫だ」

 絶対に、そう絶対に。
 俺が自分にも言い聞かせながらカナエに笑顔を見せる。すると彼女は安心したのか、「うん」と笑って頷いてくれた。

 さて、どうにかこうにか問題は解決した。あとはご近所さんから来るだろう苦情をどう対処するか考えよう。
 そんなことを頭の中で思案しながら縁側に何となく目を向ける。するとそこに座っていた翠が目を回して倒れていた。

「翠ぃぃぃぃぃ!」

 改めてカナエのスキル〈グリード〉のヤバさを俺は知る。あんな奴を配信に出していいのか、と後悔しつつ急いで妹をベッドへ運んだのだった。
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