10:不幸少年のデビュー戦

文字数 3,786文字

 翠の付き添いを終え、俺はカナエが待っている四つ星迷宮がある〈仲戸河〉へやってきた。ここは迷宮がなかった二十年前は田んぼと畑が広がる穏やかな場所だったらしい。

 現在だと俺達探索者を相手に商売や取引する業者の店が並んでおり、さらに様々な用途で人が集まったこともあり大きな町がある。
 しかもまだまだ町は発展するようで、工事開発が行われている希望が満ちあふれている地域だ。ただ違法な鑑定を持ちかけるゴロツキや完全にアウトな劣悪品を売りつける個人事業者もおり、注意が必要な場所だ。

 しかし、そんな危険があっても迷宮がもたらす利益は大きい。様々な異変を起こし、さらに厄災を振り撒いているにも関わらず人が集まるのはそれ以上に得られる利益が存在するためだ。
 だけど町があるからといってそこが完全に安全な訳ではない。なぜなら迷宮は何を引き起こすかわからないためである。

 前に〈仲戸河〉と同じように発展していた町があった。でも迷宮から飛び出した大量のモンスターによって壊滅したというニュースが流れたことがある。

 突然の大量発生により迷宮で生息できなくなったモンスターが外に飛び出したためと言われているけど、その原因ははっきりわかっていない。
 そのため町を守るために腕の立つ探索者を雇ったり、場合によっては自警団という名の組織を結成し入手できる重火器を使って身を守るという選択をする町長がいるほどだった。

 まあ、どちらにしても様々な問題が発生するためたいていは自衛隊派遣の制度を利用して町を守っている。だが、自衛隊にも数に限りがあるため町のトップは常に頭を悩ませていると聞いた。

 何にしてもお偉いさんの悩みなんて俺には関係ないけどね。

 そんなこんなで発展著しい町である〈仲戸河〉へ俺はやってきた。ひとまず落ち合い場所である自然公園のベンチを探す。
 だけどこれがなかなか見つからない。カナエから聞いた特徴だと切り株を利用して作られたベンチらしく、もしかするとそのままの見た目かもしれない。

 そう思って探すが自然公園が思ったよりも大きいためか見つからずにいた。
 うーん、ここまで見つけられないとは。時間が過ぎちゃったし、このままじゃあ迷惑かけっぱなしだしな。一度電話をかけるか。

 俺はスマホを手に取り、カナエに電話をかけようとした。だが、その瞬間に背中からものすごい勢いが突き抜ける。

「どーんっ!」
「うごぉっ!」

 俺は何が起きたかわからないまま前のめりに倒れる。遅れてやってきた激しい痛みに悶えていると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「やっと見つけたぞ、明志くーん! 配信デビューなのに遅刻なんて倒した大物じゃないか!」
「おま、カナエっ! いで、背中っ!」
「フッフッフッ、さすが私だね! 日々の妄想で鍛えた〈恋した幼なじみへのルパンダイブ〉の真価が発揮されたよ」
「鍛える意味があるのかよ、その技!」

 よくわからないが、カナエは満足そうに頷いていた。ひとまずツッコミを入れた俺は背中に鎮座しているカナエを退かして立ち上がる。
 見た限り、カナエは配信者モードになっていた。今回の衣装は前に会った時と同じ物だ。

 背中にかかるほどの長い銀髪が揺れ、なんかキラキラしている。もしかしたらそういう仕掛けを施しているのかもしれない。
 あと、さらにキラキラ感を醸し出すアイシャドーが施され、ローテンションとは違うかわいらしさがある。
 服はというと白いダッフルコートを着ており、一番上の留め具以外は外している状態だ。留め具を淡いピンク色のリボンをモチーフにしたボタンを使用しており、これはこれでかわいらしい。
 そのコートの下にあるインナーは淡いピンク色のシャツがあり、その中に包まれている胸が目に留まった。あの時は気づかなかったが結構大きい。

「どうした、明志君?」

 おっと、見ていることがバレた。俺は視線を逸らし、誤魔化すためにカナエに適当な話題を振る。
 とりあえずこれからどんな段取りで迷宮攻略をしていくのか聞いてみよう。

「あーっとな、とりあえずこのまま迷宮に行くのか?」
「ノンノンノンっ。まだまだ行かないよ。それに今はオープニングトーク。ほら、明志君みんなに挨拶して!」

 そう言われて俺は無理矢理、高性能ドローンの前に立たされた。まるで見つめているかのように見えるドローンは不思議なほど静かだ。
 まあ、配信するのだから騒音があったら困るだろう。しかし、風の音すら聞こえないほど高性能だとは。これどんなプロペラを使ってるんだ。

「明志君、早く挨拶ぅ~」
「悪ぃ悪ぃ。このドローンが気になってさ」
「二百万! はい挨拶して!」

 今こいつなんて言った?
 二百万……二百万円ってことだよな!?
 おい、このドローンやべぇーじゃねーか! 二百万円のドローンなんて聞いたことねぇーよ!!!

「挨拶、はーやーくー!」
「おま、ちょっ、二百万ってどういう、え? もしかして金持ち!?」
「もぉー、仕方ないなぁー。はぁーい、みんなー! この貧乏でかわいそうな人は信条明志君。今は私達を映してるドローンにビックリしてるけど、すっごい人なんだよー。なんせ、私が敵わなかったスライムを圧倒的な強さで倒しちゃったんだから! だから貧乏貧乏って弄っちゃダメだからねー!」

 悔しい! 圧倒的な経済力を持つこいつに負けたのが悔しい!

 しかし、人気者はすごいな。二百万円のドローンを持っているとは。
 あ、そういえば似たようなドローンが他にも三台飛んでるな。えっと、つまり全部で四台の高性能ドローンが飛んでるってことだから……まさか、は、八百万!?

 まさか、そんなまさか。
 こいつ、俺が思っていたよりもすごい奴かもしれない。

「あ、こら! さっそく弄るな! 全くもぉー。後で怒られても知らないから」

 俺の衝撃なんて気づかないままカナエはリスナーとやり取りをしていた。ま、まあ、ある意味幸いだったかな。
 と、とりあえずオープニングトークは無事に終わったようだ。ただ、俺の心は荒波が立ちまくってる状態になったけどな!

「そんじゃあさっそく、仲戸河迷宮へレッツゴー!」
「お、おー!」

 ひとまず俺はカナエに合わせてみる。するとカナエは満足してるのか楽しそうな鼻歌をこぼしながら歩き出した。

 後ろを追いかけるように四台の高性能ドローンが飛び、その後ろを俺が歩く。ふと、カナエが地元の人に挨拶されると彼女は立ち止まって手を振って返していた。
 そんな光景をカメラ持ちのドローンがしっかり撮影している。他の三台も待機しており、頭がいいなと俺は思ってしまった。

 そのままカナエは再び歩き始める。ちょっとくすんだ赤のプリーツスカートを揺らし、足を包み込む淡いピンクのニーハイソックスと白い先の尖ったブーツと共に一歩一歩進んでいく。
 そんなカナエの容姿を見て、確かにこれなら人気が出るかもな、と何となく思った。しかし、迷宮にスカートか。間違って中が見えたら困りそうだが。

 そんな余計な心配をしているとカナエが足を止めた。俺も立ち止まり、前に視線を映すとそこには迷宮へ繋がる台座がある。
 どうやら入り口に辿り着いたようだ。

「さあさあさあ! これから恒例の迷宮突入するよ! さ、明志君こっち来て」
「お、おー」
「それじゃいつもながら掲げちゃうから! 探索者コインカモォーン!」

 カナエが号令すると一台のドローンが飛んできた。それがカナエの開いた手に探索者コインを落とすと、そのままカメラの外へと下がっていく。
 なんかすごいな、と思いながら俺は胸ポケットから探索者コインを取り出す。そしてカナエと一緒に天へ向けてそれを掲げた。

「開けゴマゴマ! 我が名は光城カナエであーる。さあ、迷宮よ。我が挑戦を受け入れろぉー!」

 なんか変なことを言い出した。そんなこと言わなくてもいいんだけど、まあ口を出さないほうがいいか。
 そんなことを思いつつ二秒ほど待つと、探索者コインが輝きだした。その光によってゆっくりゆっくりと空間に隠れていた迷宮が姿を現す。

 そこに広がるのは、たくさんの歯車とネジ。どこか機械じみており、これはこれで嫌な圧迫感があった。
 さすが四つ星迷宮だ。入る前から嫌な汗が出てくる。
 もしかしたらすぐに脱出しないといけないかもしれない。そんなことを思っているとカナエが声をかけてきた。

「明志君、信じてるよ」

 俺は何気なく彼女の手を見た。それは持っている探索者コインを落としそうになるほど震えていた。
 だが、そんな不安は顔に出さない。代わりに見ている人達を盛り上げる言葉を口にする。

「これからカナエは四つ星迷宮に挑戦するよ! もぉー明志君に頼りまくっちゃうだから! スピードクリアしちゃうから期待しててね、みんな!」

 ったく、こいつは。

 本当は怖い癖に正反対のことを口にしている。でも、そんな姿を見たから負けてられないと思った。
 どこまで行けるかわからない。だけど挑戦しないまま終わるなんてできない。
 なら、全力で駆け抜けるしかないな。

「いや、お前も働けよ」
「戦闘は明志君に任せた!」
「いや、働け」

 俺は出会った時のような感じでやり取りをする。それが正解だったのか、カナエは満足そうに笑った。
 こうして俺は初めての配信に挑む。ゲスト出演とはいえ、できる限りのことをして盛り上げていこう。
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