2. ヒトゴロシ - ⑰

文字数 1,398文字

 どれくらい走ったか。ヒトゴロシの足は三軍エリアに入ってもまだ止まっていない。傾斜が激しくなっても走り続けている。その理由は単純に教会からできるだけ遠くへ行きたいというだけなのか?牧師野郎を殺したい欲求を抑えるためなのかもしれないし、神への憎しみでも感じているかもしれない。過去を思い出したかもしれないが、それが走る理由にはならないだろう。しかし、理由として最も可能性を感じるのは、「今なら死ねる」だ。そう。ヒトゴロシはやっと本気で死ぬ気持ちになっているのかもしれない。一刻でも早く死ぬために走っているのだ。

「いってーな、おい!」

 ヒトゴロシ何やってんだ?またぶつけやがった。でも、今回はヒトゴロシが下を向いていたせいもあるが、ぶつかった奴もそれをいい気にわざとぶつかりやがった。周りに仲間が一人いるから余計にその気になっているように見える。そして、待っていたかのように声を出した。あんな奴、今すぐ殺してやりたい。ヒトゴロシが自殺する前に、一人くらい生贄として誰かを先に送るのも悪くはないだろう。確かに楽しそうではあるが、こんな奴を殺しても意味はないか。そんなことより、ヒトゴロシにできること、今すぐやるべきことは、一刻も早くこの世から消えることだ。ヒトゴロシも頭の中にそれしか入っていないはず。教会で何を思ったのか、もしくは何を聞かれたのかは分からないが、まるで神がヒトゴロシの魂を待っているかのように急いでいる。そんなに早く人間が地獄へ落ちるのが見たいか?とにかく、地面に倒れたヒトゴロシは、手からパンを離した。
 ヒトゴロシが立ち上がろうと地面に手のひらをつけた。けど、離したパンの上に手を置いたせいで、パンが潰れてしまった。一瞬の出来事だったからヒトゴロシも途中で手を止めることが出来なかったのか、それとも早く死にたくて立ち上がることに気を取られていたかは分からない。だが、プライドまで捨ててあれだけ大事に持っていたパンなのに、もうどうしようもない。パンが全部潰れた。なのに、ヒトゴロシは立ち上がった後、そのパンを手に取って、何もなかったかのようにまた歩いている。

「おい!逃げんじゃねーよ!」

 あのくそがき目が。棒みたいに細長い奴が、周りに味方が一人いるからって調子に乗っている。自分が強いとでも勘違いしているようだ。そして、またコイツがヒトゴロシだということに気付いていないようだ。その細長い奴は、ヒトゴロシを後ろに振り向かせようと肩を掴んで引っ張った。気付いたのか?ヒトゴロシの顔を見た細長い奴の仲間の表情が一変した。直感で自分達も殺されるとでも思ったのか、足を少し後ろにひいた。だけど、細長い奴はまだ気付いていないようだ。普段のヒトゴロシなら別に無視するだろうが、頭の中に「自殺」しか入っていないヤツを止めていいことがあるわけがない。これ以上邪魔するなら本当に殺すと言っているような雰囲気を出している。

「何潰れたパンなんか持ってんだよ!」

 細長い奴がヒトゴロシの手にある潰れたパンを叩いて地面に落とした。この細長い奴も頭が悪いのか、自分は強いと証明でもしたいのか、もう既に自分がこの世で一番強いと勘違いしているのか、それともただスリルを楽しみたいだけなのかは分からない。少なくともまだ自分の行動を後悔しているようには見えない。ただヘラヘラ笑っている。タバコとアルコールの匂いが相当強い
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