1. バカ - ⑳

文字数 1,379文字

「へー、そうなんだ!」

 何がへーだ。今のくそじじぃの言葉で何が分かったというのだ。ばばあたち、自分たちがどれだけ気持ち悪いのか考えたことはないのか?別に、そんな大きなリアクションしなくても、別に変わることは一つもないはず。ただウザいと思われるだけだ。もしかしたら、それにも気付かずに、自分たちがかわいいとでも思っているのかもしれない。誤解にも程がある。ただ歳をとっただけで、多分精神年齢はとても低いだろう。
 この状況、もしかしたら、バカにとってはチャンスなのかもしれない。ばばあたちを目の前にして、くそじじぃがバカに無理矢理パンを渡せようとするとは思えない。だから、今のうちにここから離れれば、バカはくそじじぃの偽善に飲み込まれなくて済む。やってみる価値は十分ある。問題は、このバカにそれができるかだ。

「何かあっ、」

 隣の人にリスクを全任させていたばばあが、もう聞いても大丈夫だろうと思ったのか、噂話できるネタを探ろうとしているようだ。しかし、もう何も言わなさそうだ。突然、バカが出口の方に向かって歩こうとしたからだ。バカの急な行動に、あのばばあは少しびっくりしたようだ。しかし、ひっくりしたのは、単純にバカの行動に驚いたのでも、バカが自分の意図に気付いたと疑っているのでも、自分が嫌なことを聞こうとしていたことを悪く思ったのでもない。このばばあが驚いた理由は、「お前如きが、この高潔な私が話そうとしているのを遮って帰ろうとしているのか?」という、プライドから来る怒りでの驚きだ。あの少し力が入った丸い目が、バカに、「私の聖なるみ言葉をちゃんと聞きなさい」とでも言いつけているように見える。
 そんなことより、バカも今がここから離れるチャンスだと気付いたのか。思ったより気付くの早かったな。バカが出口の方を向いて歩いている。とはいえ、まだ2歩しか歩いていない。しかも、幅も短いせいで、くそじじぃが手を伸ばすだけでもバカを掴むことができるくらいの距離だ。だけど、バカがあと2歩くらい歩けば、くそじじぃもパンを渡すのは諦めるはず。早く歩け、バカ。

「ちょっ、これ!」

 このくそじじぃが。さっさと歩けば済むだけのことを、くそじじぃが無理矢理バカの手首を掴んで、パンを渡した。だけど、このバカにも苦笑いしそうになる。くそじじぃの手を追い払えばいいのを、パンをそのまま受け取っちゃったからだ。このバカは一体何を思っているんだ?こんなパンなんて貰ってどうしたいんだ?そんなにパンが食いたいのか?そんなの美味しいとでも思っているのか?そんなの貰って嬉しいのか?少なくともこの瞬間だけはあのくそじじぃを恨んでいるのではないのか?ただ避ければいいのを、渡されても捨てればいいのを、それができないのか?自分の全てを否定してまでこのパン一つが貰いたかったのか?そんなにお腹が空いていたのか?死にたいと思っていたわけじゃないのか?やはり、一番憎悪を感じるのは、このバカだ。
 くそじじぃも普通に引く時は引けばいいのに、それもできないのか。なんでそんな無理してまでバカにパンなんか渡そうとしてるんだ?人前でバカに恥を書かせようとしているのか?そこまでして、バカを苦しめながら笑いたいのか?人前でこんな偽善でも見せると、あのばばあたちにいい人として見てくれるんじゃないかとでも思っているのか?
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