第5話 玉蘭小五年生の乱? 連休明けはつらいよ② 謎の要求
文字数 2,576文字
「厚木先生、ありがとうございました。僕からも話を……」
斗飛も厚木に加担して話をしようとしたとき、「わかりました。教室へもどります」エース廉人の一声とともに、五年生の子どもたちが次々にきびすを返して教室へ戻りだした。担任である斗飛に目もくれず脇を次々にすり抜けていく。その表情に落胆している様子はまったくない。
「あれれっ、どうしたの」
斗飛は目線も合わせずすれ違おうとするヒロイン伊都に声をかけた。
「厚木先生に説得されて教室にもどることにしました」
他の子どもたちも口々に「教室もどろ」と言いながら教室の方へと戻っていく。
「へっ」
引き返す姿が異常に素直だ。斗飛は教室へもどる五年生をあっけにとられて見た。
しばらくして我に返り厚木のところに歩み寄る。
「すっ、すみません。子どもたちがご迷惑おかけしました」
斗飛は頭を掻いた。
「なんだ、一時間目ボイコットか? まあ、俺の説得術によって、みんな納得させてやったがな。がははは」
厚木は得意満面で笑った。
「厚木先生、何て説得したんですか?」
「体育館の鍵をくださいって言ってきたから、一時間目は体育じゃないだろう嫌だと言って鍵をしゃぶってみせた」
そう言って唾液でテカっている鍵を見せた。斗飛はずるけた。
「それは説得なんですか。というか、ちゃんと洗って返してくださいよ」
斗飛は苦笑いで伝える。
「はっはっは。だいたいルール違反は甘えた弱い気持ちから起こるもんだ。時々喝を入れてやらんとな」
厚木は得意げに言った。
斗飛は「お世話になりました」と厚木にお礼を伝えると、振り向いて教室へと戻っていく子どもたちを見た。不満を漏らしている雰囲気はない。むしろ笑顔を見せているようにも見えた。斗飛が教室前の廊下で鉢合わせたときの頑なな印象を考えれば信じられない変わりようだ。
斗飛は再び厚木に目を向ける。厚木はどや顔で高笑いをしていた。
斗飛が首をかしげつつ教室へ戻ると、子どもたちはきちんと席について待っていた。しかも教科書や筆箱まできちんと机に出している子がほとんどである。
「あれっ」
斗飛は思わず、すっとんきょうな声をあげた。さっきまでの態度と大違いだ。斗飛は頬をつねってみる。痛い、寝ぼけていたわけではなさそうだ。
「先生、早く授業はじめてください」
エース廉人がまじめな顔で言った。
「へっ、あっ、いやっ、まあそうだね」
顔を硬直させたまま教卓の前に立つ。子どもたちは何ごともなかったように座っている。
「えっ、えぇと、まず今日の連絡をします」
何かよそよそしくなる。斗飛は子どもたちに目配りしながら指導簿に書かれた伝達事項を話していった。聞く態度からは普通に戻ったように見える。しかし、みんなで話しあって決めたドッジボールが厚木に阻まれたのだから、それなりに鬱積はあるはずだ。ここは、先に歌でも歌って発散した方がいいだろう。斗飛は日程黒板の国語と音楽のプレートを入れ替えながら言った。
「今日の一時間目は国語でしたが五時間目の音楽と入れ替えます。いろいろ鬱憤もあるだろうから、音楽室で思い切り歌いましょう。さあ、音楽室に移動するよっ」
斗飛はそう言って手でイエーイのポーズをしてみせた。
「えぇっ、絶対いやです」
学級委員のヒロイン伊都が立ち上がって抗議した。続いて教育サラブレッドのササッツ益代も声を強くし反対する。
「そうです。月曜一時間目といえば国語じゃないですか」
「そうだ。日曜八時が大河ドラマというのと同じくらい定番だっ」
歴史音痴のイワス武威が声を響かせた。武威は先日、友達が「織田信長」の伝記を読んでいるのを見て「知ってる。こいつ初代大統領だよな」と発言している。
「えっ、君たち一時間目を体育にしようとしたよね」
斗飛が目をきょとんとさせる。
「一時間目は国語! 僕は国語命なんです」
ツッコミ仁までが威勢良く声をあげた。記憶が確かならば、仁は三日前の作文の授業で「国語なんてこの世からなくなれ!」とのたまっている。
「おいおい、先週までは、あんなに音楽を楽しみにしてたじゃないか」
斗飛は小首をかしげて言った。
「お腹いっぱいで眠い五時間目より一時間目に国語をした方が集中できます。ねぇみんな」
ナルシス佳代の食をからめた意見は説得力がある。クラスのそれぞれが、どもりながらもうなずいた。
「授業を入れ替えたら、先生にとりつく守護霊も臭いカメムシに入れ替わりますよ」
追い打ちをかけるように自称霊媒師、レーバイ零の口ごもった声が届いた。クリオネ、校長先生につづきカメムシ。斗飛に取り憑く霊の系統性が見えない。そもそも守護霊は臭いを発するのか。
「わ、わかりました。入れ替えません。一時間目は国語です」
首を何度もかしげながら斗飛は国語の教科書を本棚から取り出しに歩いた。まぁ、授業をボイコットされなかっただけでもましである。
「起立、今から一時間目の国語の授業を始めます」
斗飛が国語の教科書を持って教卓へ歩きだすと、間髪入れずにエース廉人が号令をかけた。授業入れ替えを再提案する隙はなくなった。
斗飛はぎこちない笑顔を作りながら国語の授業を進めていく。いつまた我が儘を言い出すかわからない。子どもたちが繰り出す「先生!」という質問前の呼びかけに常にビクッとしながら授業を進めていった。
途中、エコ忍が出し忘れた健康観察簿を渡しに行ったり、トイレにばっくれていたイワス武威が教室に戻ってきたり、スポコン丈馬が「おしっこもれます」と叫んで許可も求めずトイレにかけこんだりはしたが、何とか滞りなく授業を済ませることができた。しかし、子どもたちに心から笑うような姿が見られない。硬さが感じられるのが気になった。