エピローグ

文字数 621文字

 一年後の夏。はっはっは、と息を切らせる。最悪だ。メイクは汗でボロボロ。服も汗くさくなっているだろう。完全に寝坊だ。こんな大切な日に。
 今日は長年の想い人と、初めての仕事だ。一之瀬初。彼は高校三年のときに『月下』という純文学作品で小説大賞を受賞。その彼の新作が映画化すると決まり、自分のグループに主題歌の依頼が来たのだ。
 ホームに滑り込むと、ちょうどドアが開いた電車に乗り込む。大き目なサングラスはしてもしていなくても意味がない。どうせ周りの人は声をかけようとはしてこない。
 車両の端によると、軽くハンカチで汗を拭く。これは一度メイクを直さないとダメだ。
 だって、最高の自分で会いたいじゃないか。今までずっと話したかった。だけど、それは無理だった。自分が芸能人で、彼は一般人だったから。
 ようやくなのだ。小説について、今まで書いた詞について話したかった。
 自分が書いてきた詞が、いつの間にか遠くの彼への想いに触れるようになった。
 ドキドキが止まらない。――これはきっと恋だ。叶わないと思っていた愛だ。
 やっと今日、出逢える。この想いは、本物だ。

 ミユリの新譜と初の新作のタイトルはようやく交差した。
 ふたりの持っている封筒の中身。小説と歌詞と、体裁は違うが、タイトルは一緒。
 電車の外を見ると、青い月が出ている。
『デイドリームーン』。
 それは、昼に咲く美しい月の話だ。

                                 【了】
 

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