四、

文字数 1,699文字

 HARD LUCKがニューアルバムを出した。初は当然そのアルバムを購入した。

『試されて初めてわかるの。それが恋じゃなかったって。
 だから私が貴方を試すの。それが愛じゃないかって』

 恋。愛。どちらもよくわからない。でも、ミユリに抱いているこの気持ちは、少なくても恋だ。
 初はまた、ミユリにアンサー小説を書いた。

『この気持ちは間違いなく恋だと言い切りたい。そう思う少年の心に、少女という灯が宿る。少女はろうそくの炎だ。優しく少年をあたためてくれる愛だ』

 ファンレターとして送られてきたその小説を読んだミユリは、今度はその小説へのアンサーソングを書く。

『ろうそくの火はいつか消えるの。ピアノの音が流れるように、静かに。
 やっぱり愛じゃないとわかった彼は、私から逃げていく』

 今度はそれをインスタグラムのライブで一部発表すると、すっかりファンになって、ミユリのSNSをチェックし始めた初も反応する。

『これが愛じゃなかったら、僕の想いは一体なんだというのだ。若者の一時期の気の迷いと、君は笑うのか』

ふたりの秘密のやり取りは続く。ミユリのインスタのライブでの一小節の詞を聴いて、初が小説にする。それをファンレターとしてミユリに届ける。ふたりの距離は、決して縮まることはない。それでも――。
「ミユリちゃん、またかラブレター?」
「ら、ラブレターなんかじゃない! こいつは、私が作家として唯一認めたライバルだ!」
「ライバル、ねぇ……俺にはよくわからんが、ミユリがいい詞を書くようになったのはいいことだ」
「ゲンは出世のことしか考えてないんだから」
「いや? お前が幸せそうにしているところを見てると、安心するよ」
「リク、私幸せそうかな?」
「うん、幸せっていうか、歌詞書くの楽しそう」
「……そっか」
 照れくさそうに笑うミユリ。素直だな、と年上のゲンとリクは微笑ましく思っていた。

 高校三年になって、クラス替えがあり数か月。有希と初の距離はすっかり開いていた。最初は有希が納得しなくて、何度もクラスに足を運んできたが、初はそれを冷たく無視した。有希は何度も泣いて走り去った。だけど、初は知っていた。それがただの自己憐憫。悲劇のヒロインぶりたいだけだということを。だから、放っておいた。
 有希への想いはその程度だったんだ。ミユリへの小説を書き始めて、やっと本当の『恋する気持ち』というのを理解した気がする。

 ――七月。HARD LUCKの『トライアル』ツアーが開催される。もちろん初も参加する。今度は有希と一緒じゃない。ひとりで、だ。
 ミユリもこのツアーへの意気込みは半端じゃなかった。この『トライアル』ツアーは、アルバムの曲をメインにするが、他にもインスタライブでやった曲も演奏する予定だ。初は来るのだろうか。どの席に座るのかは、ファンクラブの優先チケットが当たればわかる。彼はどんな顔をしているのだろう。思ったより不細工だったら、ちょっと幻滅するかな。いや、笑ってしまうかも。
 お互いが純粋に思っていたこと。それはひとつ。どんな人でもいい。

『逢いたい――』

 ライブ当日。初はツアーグッズを購入して、開場時間になると自分の座席に着く。一階まさかの一列目。真ん中。ミユリの真正面だ。嬉しい気持ちと、初めて面と向かうんだという緊張で胸がいっぱいになる。
 ミユリは自分のことを認識していないだろう、ただの一ファンが、ストーカーのごとく小説を送っているだけだ。この席はラッキーだっただけだ。他意はない。偶然だ。
 待ち時間はすぐに経った。開演だ。ホールが暗くなる。
 わあっという声援とともに、光をまとったミユリが現れる。
 ミユリはじっと真ん中の席を見る。メガネで冴えない高校生。Tシャツに、ジーパン。靴だけはコンバース。普通の子だ。どこにでもいそうな子。だけど、想像通りの子だ。なんだか不思議だった。今まであったことも、写真を見たこともなかったのに、昔からの知り合いだったような、そんな感じ。
 ミユリと初は目が合った。ミユリが微笑むと、初も自然と笑みが出た。
 二時間のライブ。ふたりは何度か目が合ったが、交わることは決してなかった。
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