第4話

文字数 2,279文字

 「付き合ってないから今日は手を繋がない」なんて、俺から言ったくせに慌ててしまって破っちゃった。電車に揺られながらお詫びをしたいと伝えたら、晩御飯一緒に食べようって……可愛すぎ……。「行こっか」と言うと笑顔が開いた。どこが良いかスマホで探してる顔はどこか楽しそう。顔に色々出やすいタイプなのは、高校生の時から変わってないなー。夕方冷え込む時間帯なはずなのに、俺の心はカイロを持ったかのようにポカポカと温かくなる。

「私の顔、何かついてます?」
「何もついてないよ。決まった?」
「2つで迷ってて、どちらか決めて頂いても良いですか?」

 どんな店を選ぶんだろう、と思ったらまさかの乗り換えの大きな駅周辺で検索していた。行きの雰囲気からして「人いっぱいおしゃれなお店は嫌です」って言いそうだと思ったのに。俺も顔に出ていたらしく「さっきいろんなお店があるよって太陽さん言ってたので」と言ってきた。覚えててくれて嬉しい。仕事で行ったことがある個室の居酒屋があったのでそちらにした。すぐにネットで当日予約を取る。とりあえず二時間飲み放題プラン。便利な時代になったなー。


「美味しかったです。予約ありがとうございました」
「敬語やめて良いのに」
「常連さんにタメ口はちょっと……」

 自分からご飯誘ってきたくせに、すごく恥ずかしそうにしながらビールを飲んでいる。しかもハイペースで。あまりお酒が得意じゃない俺は自分のペースで飲ませてもらった。アイドル推しの友人の気持ちがわかる。朝からずっとお酒飲んでないのに飲んでいるような言語能力の低下。今日ちゃんと会話で来てたかな俺……?

「今日楽しかった?」
「楽しかったです。ありがとうございました」

 桜は両手でビールを持ちながら頭を下げる。どの料理も宝石を見つけたみたいなキラキラした目で見ていて、茄子料理をたくさん食べていた。野菜が美味しい店ではあるけれど、そこまで食べるのかっていじったら拗ねた顔が可愛かった。秋茄子は嫁に食わせるななんて聞いたことあるけれど、嫁じゃないからセーフかな?

「また誘って良い?」
「はい、ぜひ」
「何が好きー?」
「……なんでしょうね」

 いつも人のしたいことを優先させて、自分のことは後回し。だから、こういう時に何も言えない。相変わらずだなぁと思いつつ、俺がその分甘やかしたいなぁと感じる。……高校の時から俺はずっと知ってたのに相手は認知していないなんて、改めて面白いな。俺はずっと友人たちと彼女の話をする時は「桜」と呼んでいたから、桜さんって今話しかけてるのは違和感しかない。でも、親しくない人から呼び捨ては嫌だよね? なんてぼんやり考えているが、桜は全然自分の好きなものが思いついていないらしい。

「デートの定番は水族館とか映画館とかだけど、桜さん休みの日は何してるの?」
「休みの日は……ドンキで買い物してます」
「大学出てから読書してる?」
「大学出てから一切買ってないので、本好き名乗るのはちょっと……」

 そう言いながら、寂しそうに目を伏せる。本当に桜だと思うような儚い顔。平日の夜とはいえ個室の居酒屋、さっきまでうるさかったはずなのに、今は何も聞こえない。自分の心臓の音がやけに響く。

「今度書店デートする?」
「書店デート……ゼミでやってた時代も違いますし、私と一緒に行って楽しいですか?」
「買うか迷ってた本があるから、ちょうど良いし俺は行きたいな。桜さん気が向いたら空いてる日連絡ちょうだい。連絡なかったら、俺適当な時に1人で行くから」
「わかりました」

 2人とも目の前の酒が空く。「二軒目行かないで帰ろうかー?」と聞くと桜は少し寂しそうな顔した。絶対学生時代の俺以外の男の目節穴だろ。なんで誰もデート誘ってないんだよ。いや、誘われてたら俺困るんだけど。なんか、思考力も落ちてるな。今日言うつもりじゃなかったけど、もう言ってしまおう。……お酒のチカラ、借りても良いよね。

「俺、高校の時から好きだったよ」
「……急ですね?」
「だって、高校も大学も、貴女はいつもクラスの中心人物たちの横に居て、宿題とか移動教室とか、その子たちの面倒を見てたじゃない。接点のない俺が話し掛ける隙、なかったよ。大学のゼミは自分の興味で選んだから意図的に別になったけどさ」
「面倒なんて、そんな。私が見てもらってましたよ。今日は帰ります。明日もお仕事なので」

 そう言って、伝票を手に取る彼女。あー引かれちゃったかな。荷物を持って立ち上がろうとするので、慌てて止める。顔を見ると先程より顔が真っ赤だ。嫌がられている素振りもない。……照れてる? 俺うぬぼれていい?

「俺払うよ」
「誘ったのは私なので」
「ここは出させて。かっこつけさせてよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 お会計を終えてお店を出る。寒くて思わず体が震えた。こういうおしゃれな格好は防寒性が低くてやはり好きじゃない。横の桜を見ると、トートバックの中から高校の時と同じマフラーを出していた。会話はない。勢いで告白をしたのにはぐらかされてしまった手前、何を言えばいいかわからない。傍から見たら喧嘩中のカップルのように見えてるかも。いっぱいお酒を飲んでいた桜の様子を見つつ地元へ戻る電車に乗る。時刻はまだ22時過ぎなのに、人は殆ど乗っていなかった。

「あの」
「なにー?」
「私は太陽さんのこと詳しくわかってないんですけど、太陽さんは私のこと凄く知ってくれてるんですね」
「だって、可愛かったんだもん。入学式で桜の下に立ってたの」

 うまく言えないが、一目惚れではなかった。気になる子だとは思っていたけれど。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み