第2話
文字数 2,774文字
デートという名の勉強会当日。昨晩の「僕、名前の通り晴れ男なんですよー笑」というLINEの文章通りの、憎いくらいの快晴。何を着て良いかわからず、青色ジーパンにグレーのパーカーといういつもの通勤と同じ、動きやすさ重視の格好にしてしまった。カバンだけは大学時代から使っている大きな黒リュックではなく、無印で買った白色のトートバックにした。なんとなくデートでリュックってどうなんだろうと思ったから。でも、先日の相手の格好を見る限り、相手も服に興味はないだろう。
予定通り5分前に集合場所の銭湯近くの駅着。今日は秋らしい日で、駅まで歩いていても汗はそこまでかかなかった。太陽さんを探していると、立ちながらパソコンを操作している男性が私に向かって手をふる。ハーフアップ、紺色のジャケットを腕まくり、黒色のジーパン。足元にはお洒落な革のリュック。
「こっちこっちー」
「おはようございます」
「おはよう。ごめんね、このメールだけ送信しちゃうから」
「その間にお手洗い行ってきます」
……なんだあのイケメンは!? この前銭湯に居たダル着ボロボロ袋野郎はどこやねん!? あの格好の人の横をこの格好で1日歩くなんて罰ゲームなんだが!! 鍵を閉めた途端に叫びたくなったが抑える。落ち着け、これは勉強会。これは、仕事。深呼吸をして、鍵を開ける。混乱した頭を整理しながら戻ってきたら、太陽さんが手に持っていたパソコンはリュックの中にしまわれている所だった。
「お待たせしました」
「いえいえ、こっちこそお騒がせしました。服とか変? 友だちに選んでもらったんだよね」
「先日とだいぶ印象が違ったので、同じ方か自信が無かったです」
「よく言われる。普段からこうすれば良いのにって。じゃあ、電車乗ろうか。途中乗り換えもあるからね」
「了解です」
そう言うと、クルッと向きを変えて歩き始める。でも、数歩進んで、立ち止まる。どうしたんだろう、と思うと相手が「あのさ」と言って私の顔を見つめる。……この人、自覚ないみたいだけど、眉毛とか色々整えたらかっこよくなる人だ。
「付き合ってないから手は繋がないつもりだったんだけど、それでいい?」
「は、はい」
「よし、改めて出発!」
今日のルートは、銭湯近くの駅から15分程行った駅で乗り換え、そこから1時間ほど電車に揺られて終点が温泉街の駅。ルートや時間、入る温泉もすべて太陽さんにお任せしてしまった。そして今も、私のペースに合わせて歩いてくれてるのがわかる。デート慣れてるんだなぁ。
「慣れてないよ。まあ、お仕事で女性と一緒の時があるから、慣れてるだけ」
「えっ、声出てました?」
「うん、出まくり」
「恥ずかしい」
「桜さんはその感じだと、あんまりデートは経験ないのかな」
「初めてです。別に、女子大行ってた訳じゃないんですけどね」
「同じクラスの男子たちはみんな見る目ないね」
恥ずかしくなって下を向いた。そして、そのまま何も言えなくなったまま電車に乗った。LINEで同じ歳だと聞いていたのに、この余裕の違いはなんなんだ。街中の一般企業とやらで働くとこんな感じになるのか。ブランドものとか、お洒落なディナーとか、無縁な生活してるけど。毎日職場と家の往復。たまに激安の殿堂に行って食料品や日用品をまとめ買いして、それで終わり。友人たちのきらびやかなSNSにはお洒落な写真と「イツメン集合!」って文字書いてあるけど、私、声すらかけられてませんよね?
「はーい、乗り換えだよー着いてきてね」
「は、はい」
電車のドアが開く前からホームには隙間なく人が居た。街の人の多さに息が苦しくなる。この感じ、昔からあまり好きじゃない。いざ歩き始めると、太陽さんが前を良い感じに切り開いてくれ、とても歩きやすかった。
「大学、この駅の近くだっけー?」
「はい。でもあんまり中を見てまわったたことないんですよね」
「美味しいご飯屋さんとかあるから、時間ある時に来てみたらいいよ」
乗り換えのホームにはもう乗る予定の電車が待っていた。電車内に人はあまりいなかった。ボックス席に入ったが、太陽さんはなぜか向かいの席ではなく私の隣へ座る。顔を見ると、太陽さんは笑ってなかった。
「さっきの電車、何か嫌なこと思い出した?」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃない時に大丈夫って言うの、やめた方がいいよ」
凄く真剣な顔で言う太陽さん。静かな車内なのに私の心臓だけがうるさい。そんな私の目を見て何が楽しいの? 心の奥の汚いモノでも見られてるのか。あぁやめてくれ、視線をそらそうとすると、両手で顔を包まれた。この人、メデューサなのか? 強い力を入れられている訳じゃないのに動かせない。
「もっと甘えて」
「え、はっ、はい」
「じゃあ、着くまで膝枕ね」
「はい……はい?」
私の顔から離れた手は太陽さんの太ももを2回トントンとはねた。いや、でも……
「狭くて無理です。できても肩により掛かるくらいです」
「可愛くないなー。でもそうだね。じゃあ寄りかかって目をつぶって」
考えてても始まらない。とりあえず目をつぶり、相手の肩に頭を乗せる。タイミングよく電車が動き始める。柔軟剤のような、香水のような、何かわからない香りが鼻をくすぐる。太陽さんの香り、いい香り……
「着いたよー」
目を開けると電車は止まっていて、窓は見たことのない景色になっていた。えっ、私、約1時間爆睡していた?
「おはよう、よく寝れた?」
「……はい、とっても」
「なら良かった。じゃあ、そろそろ動くよ。腕掴んでるのも離してね」
どういうこと? と、思ったが、私はよしかかるだけでなくいつの間にか太陽さんの腕をギュッと抱きまくらのように掴みながら寝ていた。
「本当にすいませんでした!!」
「気にしなくていいよ、ほらほら、行くよー」
改札を抜けると、鼻に温泉特有の好き嫌いわかれる匂いが「いらっしゃい」と言わんばかり入ってきた。温泉街なんて初めて来たが、街中に住んでる人はタイムスリップしたような気分になれて好きなんだろうなとは思った。
そこから、事前に調べてきた太陽さんのガイドをメモしたり、遊歩道にある看板や足湯の写真を撮ったり、ボランティアガイドさんの話を聞いたり、本当に勉強会だった。動きやすい格好で来てよかった。メイン業務が清掃の私に今後活きる知識があるかわからないけれど。
「お待ちかねの入浴です!」
「ここは……ビジネスホテル?」
「どっちかっていうとファミリー向けかな? このホテルは日帰り入浴OKで、色んな種類があるから比べながら入れると思うんだ」
この人、デートに誘ったんだよな? 完全に勉強会にお客さんを付き合わせてる状態なんだが、大丈夫なのか? なんて不安になりながら、集合時間を決めた。……太陽さん、私と居て楽しいのかな。上手く話せてないし、爆睡してるし。
予定通り5分前に集合場所の銭湯近くの駅着。今日は秋らしい日で、駅まで歩いていても汗はそこまでかかなかった。太陽さんを探していると、立ちながらパソコンを操作している男性が私に向かって手をふる。ハーフアップ、紺色のジャケットを腕まくり、黒色のジーパン。足元にはお洒落な革のリュック。
「こっちこっちー」
「おはようございます」
「おはよう。ごめんね、このメールだけ送信しちゃうから」
「その間にお手洗い行ってきます」
……なんだあのイケメンは!? この前銭湯に居たダル着ボロボロ袋野郎はどこやねん!? あの格好の人の横をこの格好で1日歩くなんて罰ゲームなんだが!! 鍵を閉めた途端に叫びたくなったが抑える。落ち着け、これは勉強会。これは、仕事。深呼吸をして、鍵を開ける。混乱した頭を整理しながら戻ってきたら、太陽さんが手に持っていたパソコンはリュックの中にしまわれている所だった。
「お待たせしました」
「いえいえ、こっちこそお騒がせしました。服とか変? 友だちに選んでもらったんだよね」
「先日とだいぶ印象が違ったので、同じ方か自信が無かったです」
「よく言われる。普段からこうすれば良いのにって。じゃあ、電車乗ろうか。途中乗り換えもあるからね」
「了解です」
そう言うと、クルッと向きを変えて歩き始める。でも、数歩進んで、立ち止まる。どうしたんだろう、と思うと相手が「あのさ」と言って私の顔を見つめる。……この人、自覚ないみたいだけど、眉毛とか色々整えたらかっこよくなる人だ。
「付き合ってないから手は繋がないつもりだったんだけど、それでいい?」
「は、はい」
「よし、改めて出発!」
今日のルートは、銭湯近くの駅から15分程行った駅で乗り換え、そこから1時間ほど電車に揺られて終点が温泉街の駅。ルートや時間、入る温泉もすべて太陽さんにお任せしてしまった。そして今も、私のペースに合わせて歩いてくれてるのがわかる。デート慣れてるんだなぁ。
「慣れてないよ。まあ、お仕事で女性と一緒の時があるから、慣れてるだけ」
「えっ、声出てました?」
「うん、出まくり」
「恥ずかしい」
「桜さんはその感じだと、あんまりデートは経験ないのかな」
「初めてです。別に、女子大行ってた訳じゃないんですけどね」
「同じクラスの男子たちはみんな見る目ないね」
恥ずかしくなって下を向いた。そして、そのまま何も言えなくなったまま電車に乗った。LINEで同じ歳だと聞いていたのに、この余裕の違いはなんなんだ。街中の一般企業とやらで働くとこんな感じになるのか。ブランドものとか、お洒落なディナーとか、無縁な生活してるけど。毎日職場と家の往復。たまに激安の殿堂に行って食料品や日用品をまとめ買いして、それで終わり。友人たちのきらびやかなSNSにはお洒落な写真と「イツメン集合!」って文字書いてあるけど、私、声すらかけられてませんよね?
「はーい、乗り換えだよー着いてきてね」
「は、はい」
電車のドアが開く前からホームには隙間なく人が居た。街の人の多さに息が苦しくなる。この感じ、昔からあまり好きじゃない。いざ歩き始めると、太陽さんが前を良い感じに切り開いてくれ、とても歩きやすかった。
「大学、この駅の近くだっけー?」
「はい。でもあんまり中を見てまわったたことないんですよね」
「美味しいご飯屋さんとかあるから、時間ある時に来てみたらいいよ」
乗り換えのホームにはもう乗る予定の電車が待っていた。電車内に人はあまりいなかった。ボックス席に入ったが、太陽さんはなぜか向かいの席ではなく私の隣へ座る。顔を見ると、太陽さんは笑ってなかった。
「さっきの電車、何か嫌なこと思い出した?」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃない時に大丈夫って言うの、やめた方がいいよ」
凄く真剣な顔で言う太陽さん。静かな車内なのに私の心臓だけがうるさい。そんな私の目を見て何が楽しいの? 心の奥の汚いモノでも見られてるのか。あぁやめてくれ、視線をそらそうとすると、両手で顔を包まれた。この人、メデューサなのか? 強い力を入れられている訳じゃないのに動かせない。
「もっと甘えて」
「え、はっ、はい」
「じゃあ、着くまで膝枕ね」
「はい……はい?」
私の顔から離れた手は太陽さんの太ももを2回トントンとはねた。いや、でも……
「狭くて無理です。できても肩により掛かるくらいです」
「可愛くないなー。でもそうだね。じゃあ寄りかかって目をつぶって」
考えてても始まらない。とりあえず目をつぶり、相手の肩に頭を乗せる。タイミングよく電車が動き始める。柔軟剤のような、香水のような、何かわからない香りが鼻をくすぐる。太陽さんの香り、いい香り……
「着いたよー」
目を開けると電車は止まっていて、窓は見たことのない景色になっていた。えっ、私、約1時間爆睡していた?
「おはよう、よく寝れた?」
「……はい、とっても」
「なら良かった。じゃあ、そろそろ動くよ。腕掴んでるのも離してね」
どういうこと? と、思ったが、私はよしかかるだけでなくいつの間にか太陽さんの腕をギュッと抱きまくらのように掴みながら寝ていた。
「本当にすいませんでした!!」
「気にしなくていいよ、ほらほら、行くよー」
改札を抜けると、鼻に温泉特有の好き嫌いわかれる匂いが「いらっしゃい」と言わんばかり入ってきた。温泉街なんて初めて来たが、街中に住んでる人はタイムスリップしたような気分になれて好きなんだろうなとは思った。
そこから、事前に調べてきた太陽さんのガイドをメモしたり、遊歩道にある看板や足湯の写真を撮ったり、ボランティアガイドさんの話を聞いたり、本当に勉強会だった。動きやすい格好で来てよかった。メイン業務が清掃の私に今後活きる知識があるかわからないけれど。
「お待ちかねの入浴です!」
「ここは……ビジネスホテル?」
「どっちかっていうとファミリー向けかな? このホテルは日帰り入浴OKで、色んな種類があるから比べながら入れると思うんだ」
この人、デートに誘ったんだよな? 完全に勉強会にお客さんを付き合わせてる状態なんだが、大丈夫なのか? なんて不安になりながら、集合時間を決めた。……太陽さん、私と居て楽しいのかな。上手く話せてないし、爆睡してるし。