第4話

文字数 1,058文字

 ノックが鳴った。先ほどの男性職員が呼びに来たらしく、「お時間ですが、準備はできましたか」と訊かれた。「はい、大丈夫です」と返事をし、天海は小道具の入ったバッグを脇に抱えて部屋を出た。
 職員に連れられて施設内の廊下をしばらく歩くと、多目的室と書かれたプレートが貼ってある扉の前で足を止める。
「ここが会場になります、合図をしたら入場してください」と言葉を残すと、彼は引き戸を開け、中へと消えていく。漏れ聞こえてくる老人たちのざわつきが、やがて静かになると、女性の職員らしき声が聞こえてきた。
「ただいまより、人気マジシャン、マーガレット天海さんによりますマジックショーを始めます。みなさん拍手で迎えてください」女性のアナウンスが一オクターブほど上がり、「ではマーガレットさん、どうぞ」
 掛け声を合図に扉を開ける。天海は軽く頭を下げ、悠々と中央へ躍り出る。中はちょっとしたホールになっており、四十人ほどの老人たちがパイプイスに座り、天海を大きな拍手で迎え入れた。男女の割合はほぼ半分に思えたが、主に男性からの声援が強く響き渡った。三十歳になったとはいえ、その美貌はまだまだ健在であると、天海は誇らしげに胸を張った。
「みなさん初めまして。私はマジシャンのマーガレット天海といいます。今日は精一杯頑張りますので、是非楽しんでください」頭を下げると、またも拍手が起こった。
 さっき彼女を案内した男性職員が、ホールの左端の機材が置かれたテーブルに見えた。天海が目で合図を送ると、ポール・モーリアの『オリーブの首飾り』が流れ出す。オリーブの首飾りとはマジックの定番曲で、昔からテレビのマジックで使われる、あの“タラララララ~”である。あまりにベタすぎて、昨今、芸人のコントくらいでしか使われない。だが、老人相手なのだから、できるだけ分かり易いようにと考え、敢えてこの曲を選んだのだ。

 まずは曲に合わせて得意のダンスを難なく決める。
 その後、手始めにミリオンカードを披露。右手を垂直に伸ばして次々とカードを出していく。続いて両手を広げて左手からも同時にカードをばらまくと、歓声と拍手が巻き起こった。
 よし、掴みはオッケーだ。天海の緊張はすっかり解け、かつての調子を取り戻していた。

 次はゾンビボールと呼ばれるマジックに移る。
 首に巻かれたスカーフを外して大きく広げる。その上を銀色の球が左右に移動するというマジックだった。最後はその球を空中で消失させると、また万来の拍手が起こった。
 いいぞ、この調子だ。天海は確かな手ごたえを感じる。
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