第6話 完結

文字数 1,100文字

ショーが中断して三十分ほど経っただろうか。施設の職員が呼びに来た。
もうこれ以上続けられませんと首を振ると、「これは天海さんだけのせいではありません、マジックの内容を確認しなかった私どもにも責任があります。皆さん、あなたを待っています。だから、どうぞステージに戻ってください」と頭を下げられた。
天海は腹を決めた。
起こってしまった事は仕方がない。待ってくれている人が一人でもいる限り、プロとしてステージを全うしよう。例え今日が最後の舞台になったとしても。

 再び多目的室の扉の前に立つと、急に足が震え出した。一旦、目を閉じて深呼吸をし、無理矢理笑顔を作って扉に手を掛ける。
「皆さん、さっきはすみませんでした」
勢いよく中に入ると、目の前には、さっきまでパイプイスに座っていた老人たちが、皆、立ち上がっていた。その中にはさっき倒れたはずの老人も見える。全員が笑顔を見せ、具合の悪そうな人は一人もいない。
 良かった、たいした事なかったんだ。天海の眼から自然と涙がこぼれてきた。

「いやあ、ごめんごめん」突然、やけに通った声がホールに響き渡った。
 それを合図に、老人たちが中央から左右に分かれた。
フロアの奥の扉が開いたかと思うと、強烈なライトが天海を襲う。
突然の展開に戸惑い、キョロキョロと左右に眼を泳がせると、やがて扉の奥からもくもくと白い煙が立ち込め、中から何者かが現れた。

目を凝らしてみると、驚きのあまり天海は腰が抜けそうになった。
それはかつての師匠、デンジャラス徳永だった。
彼に続いて数台のテレビカメラを構えたスタッフが天海を取り囲むと、徳永は空中からマイクを出して、取り乱している彼女に話しかけた。
「これは全部、俺の仕組んだ事なんだよ。テレビ局の知り合いに頼み込んで、この企画を通してもらったんだ。もちろんさっき倒れた老人たちも全部演技だから心配しなくていい」そして天海の両肩に手を据えると、「いいかい、君には才能がある。華もある。そしてなにより人を思いやる優しい心がある。それをこのまま埋もれさせてはもったいないと思ってね」
 瞳を潤ませた天海は、徳永と熱い握手を交わした。
拍手が一斉に巻き起こると、徳永を始め、老人たちや施設の職員、テレビのスタッフたち全員の目にも涙が滲みだした。
「どうだい。最高のマジックだったろう?」
煙草を取り出した徳永は、右手を伸ばし、空中からライターを出現させて、火を灯す。
続けざま、得意げに煙草に火を移そうとするが、
「徳永さん。すみません、ここ禁煙なんです」と職員が注意した。
照れながら頭を掻き、煙草を引っ込めたデンジャラス徳永。

暖かな笑いの大合唱が、その場を包み込んでいった。
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