34:水中日

文字数 723文字

 満たる人の愚かさ故に
 地に未知たる夢― 陽に沈む?

――――――――――――†――――――――――――

 地に落ちたる優美。
 死に逝く時を着飾るように……
 私達の世界がゆっくりと水面に飲み込まれて数日。
 ついに逃げ場もなくなった―

 今だ生きているのは数人だろう。
 それでも、私の傍にはたった一人。
 知らず知らずのうちに抱き合っていた。
 見知らぬ男と―名前さえ知らぬ人と―


 数日前―
 突然の津波に人々は逃げ惑った。
 悲鳴。混乱。恐怖。
 その中で一緒にいたはずの家族とばらばらになってしまった。
 水は大勢の人をさらい、家を壊し、町を飲み込んで、
 生き残った人々はただ唖然とするばかりだった。
「何が起こったの?」
「どうなってるの?」
 あちこちから幾つもの呟きが、私の耳に入ってきた。
 その中で一人の男が人々の腕を引っ張って、もっと上に行こうと言うように山の方を指差す。
 他の人は言葉を発さない彼を冷たくあしらった。
 次第に彼は私に近づいてきて、同じように服の裾をひぱった。
 私はその時なぜだか、着いて行った方がいいような気がした。
 そうして、数日間の悪夢が始まった。
 津波。津波。津波。それに続いての異常気象。
 雨が延々と降り続いた。
 地を覆い尽くす水。
 生きていたのは高い場所へと移動した私達だけ。


 そうして、私達は最後の日を迎えたのだ……
 その日は雨が止んで、陽がさした。
 満ち逝く水面の上を一片の風が舞った。
 食べる物も、もはや無く、死に逝くのだと思った。
 異国の「ノアの箱舟」のお話が頭をよぎった。
 箱舟を作ってたノアは生き残った。
 箱舟に乗れなかったものたちは皆死ぬしかなかったのだと―思った。

 そして、夕日だけが鮮やかに地平線に落ちて逝った。
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