5. どうぞよろしう
文字数 385文字
駅の二階の小さな本屋にはろくな本がない。新刊の少年漫画とファッション誌、芸能人の暴露本、写真集。うだつの上がらないサラリーマンが好きそうな本だ。暇とも呼べない隙間を埋めるだけの本。藍ちゃんが好きそうな本はここには一冊もない。店を立ち去るときに、ふと柱に貼られたポスターが視界に入った。鎌野藍の横顔がそこにあった。いつからか藍ちゃんは遠い目をするようになった。ここではない虚空の彼方を見つめているような、遠いところにある何かを見ていた。
「本当はそんな人じゃないのに」
泳げない藍ちゃんとわたしはプールで泳いだ。藍ちゃんの方が泳ぐのが上手だ。わたしはそれを知ってる。
ポスターには直筆のサインと言葉が書かれてあった。"鎌野藍"と筆跡をなぞる。思い出と一緒に、わたしと一緒に、手触りをたしかめる、書き順をたしかめる。あと何年あるか分からない人生、
「これからもどうぞよろしう」
「本当はそんな人じゃないのに」
泳げない藍ちゃんとわたしはプールで泳いだ。藍ちゃんの方が泳ぐのが上手だ。わたしはそれを知ってる。
ポスターには直筆のサインと言葉が書かれてあった。"鎌野藍"と筆跡をなぞる。思い出と一緒に、わたしと一緒に、手触りをたしかめる、書き順をたしかめる。あと何年あるか分からない人生、
「これからもどうぞよろしう」