3. 真夜中の電話

文字数 875文字

 「不肖、とっきんし忘れる」を読了した後、彼女が二作目として書いた詩集「三点リーダー、四つじゃあかんの」と三作目の小説「わたしがわたしでわたしはわたしでありました」を読んだ。エッセイ、詩集、小説どれも形が違うはずなのに全部同じだと思った。鎌野藍は怒ったり泣いたり笑ったりして、聞いてよ!聞いてよ!とわたしに話しかけてきて、わたしはうんうん…そうだよね…って答えた。これは友達と夜中に長電話してるのに近いなと思った。そんな経験したことないけれど。
 
 鎌野藍の異変に気がついたのは四作目「たまご焼き」を読んでいたときだった。会話にカギかっこがつくようになったのだ。地の文の中に会話が挿入される形に変わりはないけれど、伝わるようにしようと配慮していた。以前の彼女は頭のなかの感情をそのまま言葉にしていた。というかそんなことが可能なのは鎌野藍だけだ。鎌野藍は鎌野藍の頭のなかにある感情を一旦整理してから言葉にするようになっていた。それから、夜中に藍ちゃんから電話がかかってくることは少なくなった。男か女か知らないけど友達とか彼氏ができてわたし以外にも"使える"人間が増えたってことなのかな。これは何か友達がわたし以外の人と仲良くなっていくのを遠くでながめているような感じに近いなと思った。そんな経験したことあるけれど。

 藍ちゃんはすっかり文学の人になった。本を出せばいつも一等賞。文学界の気鋭、若き天才、美貌の女流作家。どれも藍ちゃんの才能にぴったりな肩書きだ。その頃にはすっかり藍ちゃんと話すこともなくなって、もう友達とも呼べない関係になっていた。わたしの知っている藍ちゃんはもうどこにもいないのだ。わたしはまた一人ぼっちになった。

 青葉くんとは結局別れてしまった。別れて欲しいと青葉くんから云われた。わたしにはそれが一緒にいて欲しいって聞こえたのにもかかわらず、分かったと肯いてしまった。わたしはわたしが持っていた最後の宝物も自分で手放した。一人になったら、藍ちゃんと電話しているときに忘れていたはずの死にたいという思いがずかずかと胸の奥からやってきた。
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