第10話

文字数 2,688文字

いやな予感がして、二階にかけあがり。
自室の照明をつけた。

「えっ?!
「こんばんは 綾さん」
「えっと、あの…」

小学三年生くらいの男の子が、抹茶色のラグの上にお行儀よく正座していた。
茶色いふわふわな髪に、まつ毛の長いくりくりした瞳は利発そうに輝いている。
タータンチェックのシャツに、紺色のカーディガン、短パン白ソックスの彼は、
私に向かって三つ指をついて頭を下げると

「先日はたいへん失礼をいたしました。ポン吉です」と告げた。
「ポン吉・・・えっ?!あの!タヌキの?変なバケモノのっ?!
「お恥ずかしいことでした、もうス〜ッカリ反省いたしましたので、
どうかお許し下されば幸いかと存じます」

と言うことは、この美ショタはポン吉くんの化け姿?
自室の裏山に面するベランダの窓が開けられて、
風でカーテンが煽られている。彼はここから入ってきたのだろう。

「そんなかしこまらないでよ。怒ってないから。でもポン吉くん、キミが来たってことは・・・?」
「サカタツ龍穴(りゅうけつ)の龍神さまより、仰せつかりましてお迎えにあがりました」
「さ・・・サカタツ?」
「はい!」

ポン吉くんは美少年の子役みたいな
いい笑顔をみせた。
・・・そうか。
やはり易々と逃げ切れるわけはなかったのだ。

それに、私の家バレてるやんか。私は己の個人情報が龍神さまのお手の中に
あることを思い出して、薄ら寒いものを感じた。
「じゃ綾さん、いい?行こっか!」
元気よくポン吉くんが言う。
ご丁寧なあいさつを一通り終え、顔をあげた途端にタメぐちになるところはやっぱり子供だ。

「ま、待ってどこからどうやって?」
「こっちだよ」
「げっ!」

私は開け放たれた掃き出し窓にかけより、
そこから見える光景に唖然とした。

裏山の真っ暗な森に石段が伸びており。見上げた先に鳥居が見え、さらにまた石段が続いている。
途方もない長さだ。
まるで四国・香川の金毘羅(こんぴら)さん。私はまだ参拝したことはないが、父がふらりと四国八十八か所巡りに出た際、金毘羅宮(こんぴらぐう)に立ち寄り、とてつもなく長い階段の写真を送ってくれたことがある。

そう言えば、あれから父に会っていない。

「コンピラフ~ネフネ・・・♪」
私の口から思わず香川県民謡がこぼれ出ていた。
「だいじょうぶ!1368段もないから!」
ポン吉くんがニッコニコして言う。
ごめん、なんの気休めにもなってない。

「わかった、ちょって待ってて!」
私は下に降り、テーブルの上のリュックをつかみ
Tシャツの上にパーカーを羽織ると、また自室にもどった。

お約束どおり菓子を献上し。私の命の保障、および個人情報の破棄をお願いするには、
行くしかあるまいとハラをくくった。

ベランダから50㎝ほど離れた空中に石段の上り口がふよふよ浮いている。
ポン吉くんはいつのまにか手に提灯(ちょうちん)を持ち、身軽にベランダの手すりを越え
石畳に着地した。
「綾さん、はやく」
「うう~・・・」
これ、大丈夫か?大丈夫じゃないよな絶対と、くくったはずのハラがほどけかけたが。
なんとか、えっちらベランダをまたぎポン吉くんに続いた。

鬱蒼(うっそう)と暗い裏山の中を伸びる不思議な石段。
一の鳥居をくぐると、両脇の石灯籠(いしどうろう)が次々と
ひとりでに点火し、その灯は山を取り囲んだ。
木立ちのむこうの暗闇に、いくつもの光るものが
じっとこちらを見ている。
鹿か猿か猪か、夜行性の猛禽か。それとも異界のあやかしか。夜の山は思った以上に(うごめ)いている。

私は提灯を手に、粛々と前を歩いているポン吉くんに話しかけた

「どんな姿にも化けられるんだねぇ」
「ううん、まだ勉強中でこのヒトの姿と、
信楽焼のたぬきと、昨日のクリーチャーの、
三通りしかできないんだ」
クリーチャー・・・か、うん、まあいいか。。

「ねえ、ポン吉くん昨日病気のお母さんが・・・っていってたよね?」
「ああ、あれはウソだよ」
「え?」
「やだなぁ『もっともらしい理由』ってやつだよ、綾さんまさか信じた?」
「いやぁアハハハ・・・」
しれっと言いやがったな、この見た目小学三年生。

「でも、お父さんは害獣捕獲のオリにひっかかっちゃんだ・・・」
「えっ!!それで、お父さんはまさか・・・」
「しょうそくふめい」
「ほ、ほんとに?」
「これはウソじゃないよ、ほんとのこと」
なんか、ものすごいことを聞いてしまった気がする。

「綾さん、お疲れさま。ついたよ」
ポン吉くんに言われ、前を向くともう、昨夜私がくぐった鳥居の前まできていた。

正面に拝殿がみえる。一礼をし境内に
足を踏み入れる。
夜の山の静寂のなか、水音が聞える。
流れ落ちる水の音。
社をかこむ黒々とした森に、湿り気をふくんだ風がわたる。
木々がざわめき、髪があおられる。

暗い拝殿の板壁の隙間からふっと光がもれる。
「お出でになった・・・」
私は緊張して、ごくりと唾をのみ込んだ。
「龍神さま、お連れしました」
ポン吉くんが拝殿の前で告げると、御扉がさっと開いた
正面奥の御幕の向こう、高くなっている場所に
龍神さまが、立膝をついてお座りになっていた。

私は下座で三つ指をつく
「お約束どおり、参上いたしました」
「ふん、まさか本当に来るとはな」

別に私だって来たくなかったよ。アナタが今朝
あんなオーダーの仕方をなさるから、
ビビりちらかして来ただけで、なんなら一生
来たくねーよ!
・・・・とは口が裂けても言えず。

「こちらでございます」私はタッパーを差し出す。
ポン吉くんがささっとにじり寄ってそれをうけとり、龍神さまの前でふたを開ける。

龍神さまは、詰められたおはぎをごらんになり
「ふっ」とハナで嗤われたが、ちょっと嬉しそうだったのは見逃さなかったぞ。

ひとつ取って召し上がると「悪くない」とつぶやかれ、次々とお口に運ばれる。
途中、つぶあんと、こしあんときなこのおはぎを
お見比べになり。
きなこのおはぎを、ポン吉くんにお与えになった。

コドモか!

小学校3年(推定)男児すがたのポン吉くんは、
短パンのポケットから懐紙をとりだし、
「頂戴いたします」と押しいただいた。

そのとき、拝殿のどこからか
「おいしそう」「おいしそうだねぇ」
と、くすくす笑いの混じった
子供がささやき合っている声がした。

もしかして、ポン吉くんのような子供の神使(つかわしめ)が、
覗いているのかもしれない。
もう、私は少々のことで動じなくなっていた。
しかし、龍神さまはそ知らぬ顔でタッパーを
抱え込み、黙々と残りのおはぎを召し上がられる。

・・・あともう一個くらい、くれてやれや!

私はその様子をみて心の中で悪態をついた。
ほんとに、この方麗々しい御姿に似合わず、
オトナゲないな。

しかし龍神さま、この取りすましたお顔で今朝。私に「おはぎ」だの「つぶあん」だの、
注文をなさっていたのかと思うと、ちょっと可笑しい。

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