第3話

文字数 1,312文字

化け物が追ってくる気配はなく、振り返ると。
私が走り込んできた細い道の向こうにやはり鳥居が立っており、
私はそこをくぐってきたらしい。
「そうか、神域には立ち入れないんだ!」
一瞬ほっとしたものの、神域を出ればまた化け物に出くわす可能性が高い。
私はスマホのライトを点灯させ、足元に気を付けながら石段を上がり。
しばらく境内に身を潜めることにした。

高い杉の木立ちに囲まれた境内に建つ拝殿は、夜目にもたいへん古びた様子で、
閉じられた御扉(みとびら)の前にお供え物なのか。
大小さまざまな瓶や、コップのようなものが置かれており、
スマホの灯りでよく見ると、それらはすべて酒瓶で。
コップに見えたのはワンカップの日本酒だった。

神前に献酒するのは不思議なことではないが、どれもがかなり以前に供えられたっぽく、
埃をかぶっており、また酒類以外の供え物がない。
「なんだ?これ?」
その異様さに、私は背中に寒いものを感じ。

ひょっとして、化け物から逃れられた、ここまで来ればひと安心~。
なんてのは大マチガイのコンコンチキで、逆に
ここに誘導されただけではないのだろうかと、イヤな考えが頭をよぎった。
「やばい!出よう!」
振り返ったとたん
「でへへへへ~」
なんと、あの化け物が目の前に迫っていた
「キャー――!」
私はスマホを取り落とし、あやうく腰を抜かしそうになった。

私は夜闇の中、ご神木や手水舎のまわりを境内をぐるぐる逃げ回った
拝殿の前には、申し訳程度の賽銭箱が置かれているだけで、身を隠すこともできない。
「お願いします!どうかお助けください!!」
何という神様がお祀りされてるのは知らなかったが
藁をもすがって拝みたおした。

化け物は「どへへへへ」と迫ってくる、もう終わりか?
隠れることを考えるよりお賽銭をいれるべきだったか だが
最近paypay払いが主で小銭の持ち合わせがなかった、やっぱり小銭は持っているべきだな。
後悔先に立たずだ。
「でへへへへ」
「きゃー!」
「どへへへへ」
「いやー!」
「ではははは」
・・・観念したのに間が持たない。

そして私自身、反応で悲鳴を上げているだけで
「ひょっとしてこいつ、見かけのわりに大したことないんじゃ?」
と思い始めていた。

拝殿の(きざはし)に追いつめられ。尻もちをついた私の手は、無我夢中で
何やらコップ状のものをつかんでいた。
そうだ、供えられていた清酒のワンカップ容器だ。
私はそれを化け物めがけて投げつけた。
ワンカップは化け物に命中しはしなかったものの、その顔面をかすめ。
暗い石畳に落下して割れる音がした。

すると奴が「きゃっ!!!」という、意外にかわいらしい悲鳴をあげた。
「やっぱりこいつ大したことないな」
そう確信した私は、さらに手探りで転がっている酒瓶をつかみ振りかぶった。
こっちも必死だ。

「いやー!ゆるしてー!」
哀願とともにボワンと化け物の姿が消え。
月明かりの境内に、小さなモフモフしたものが縮こまっていた。
「えっ?犬っ?」
「タヌキですぅ!」
「タヌキ?!
もしかして、いやもしかしなくても、あの化け物はこの狸が化けていた?
しかもしゃべってるし敬語。

どういうこと? ・・・まあいいか
世の中にはリクツでは割り切れない不思議というものが存在するのだ。
そういうことだ。




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