第8話

文字数 1,391文字

朝の日射しが、擦りガラスの窓に木の葉の影を映す。
私は東向きのキッチンの小窓を少し開け、小豆を炊きながらため息をつく。

今朝、私はベッドで半身を起こし「ゆうべのあれは一体なんだったんだろう?」
とボンヤリ考えていた。

〈タヌキが変化した化け物に襲われたあげく、迷い込んだ神社で遭遇した龍神の
『酒が飲めない』という、どう考えてもどうでもいい秘密を知ったばかりに。
個人情報を抜き取られ、菓子をこさえて献上しないとならない〉

・・・・馬鹿々々しすぎる。
なんのロマンもワクワク感もない。

素敵な物語の多くでは、ああいう場合「ならばわしの花嫁になれ」
と、問答無用でお姫様だっこされて、めくるめく溺愛が始まるものだろうが。
しかし、そういう物語のヒロインは不当な虐げに耐える、幸薄い心清らかな美少女が鉄板だ。
私でははなはだしく資格に欠けていよう。
私だってタヌキにお菓子を強奪させる神様など願い下げだ。

「へっ・・・」乾いた笑いがもれた。

やっぱり疲れているのかな。急に異動が決まって引っ越し、新しい職場・・・。
引っ越し荷物の片付けも、大半は放置している。
しかし待てよ今日は土曜じゃないか!休みじゃないか!
それに気がつくとどっと疲労が押しよせ、
私はまたベッドに倒れ込む。

そうだ疲れてたんだ、だからあんな龍神とか化けタヌキとか、ケッタイな幻覚をみたんだ。

よし!今日は一日ねるぞおおおおおー!そう決意しゴロリと大の字になったとたん、
顔の上に何かがぺらりと被さってきた。
「わっ!なにこれ?!
白い紙、コピー用紙ではない和紙だ。
「どこからこんなもの・・」
いぶかしんでいると、その和紙に

『おはぎ』

と言う文字が浮かび上がってきた。
「ひゃっ!」
私は和紙を放り出したが、それはひらりくるりと宙を舞い、再び私の顔に貼りついた。
引きはがすとさらに

『つぶあん こしあん きなこ』

の文字が恐ろしいほどの達筆で浮かび上がっている。
「なにこれ?オーダー?もしかしてっ?!
やっぱり昨夜のことは夢じゃなかった。私の脳裏に龍神さまのご尊顔が浮かびあがった。

いかん、これはいかん荒魂(あらみたま)鎮まり給えと私は飛び起き。
顔を洗い、身支度もそこそこに自転車で駅向うのスーパーに走り。
小豆と砂糖とモチ米と、その他製菓材料と、自分のお昼用にカップ焼きそばを購入し
帰宅するなりナベとザルをどんがらがっしゃんと取り出して、
小豆を洗い火にかけそして、今ここだ。

沸騰してからしばらく中火で煮た小豆をザルにあける。ナベを洗いゆで上がった
小豆と水を入れ再び火にかけ煮立つあいだに
私は自室にしている二階の部屋の窓を開けにあがった。

市の空き家対策制度を利用して入居できた、
この一軒屋は、築百年の古民家をリノベーションしたもので
窓ガラスにところどころ、レトロモダンなステンドグラスが使われていたり。
元からある建具を活かした採光のいいひろいリビングや
リノベーションした当時、最新だったろう設備に改装した広いキッチンなどには
めだった痛みもなく、心配していた水回りも問題もない。
もっと廃屋同然の物件と覚悟していたのに、ぜんぜん悪くない。むしろ快適だ。
どうにも最近ツマラナイことばかりだったが、この住まいに関してだけは大当たりだ。

キッチンにもどり小豆の火加減をみる。
煮立ってきたので弱火にし、かき混ぜアクをとる。
この作業を繰り返し30分は離れられない。

「こりゃ、一日仕事になりそうだな・・・」

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