第13話

文字数 1,091文字

それから三週間

あの夜、龍岐彦(たつきひこ)さまとおっしゃる龍神さまに
なかば脅迫されるように菓子の献上を約束させられ、この先どんな奴隷生活が待っているのかと
戦々恐々としていたが。

私はウソのように、心穏やかな日々をすごしていた。
あのケッタイなオーダーもなく、化け小ダヌキのポン吉くんが、
夜に窓からたずねてくることもなく。
ベランダから見る裏山は夏に向かい木々の緑が濃く。
不思議な石段など見えない。

思いがけず参加したラジオ体操だったが、
早起きと軽い運動の習慣ができ、体調も今までになく良く。
それをきっかけに交流がはじまった地域のみなさんは、若い住人である私に
とてもよくして下さり。自分の畑で採れた野菜を分けて下さったり。
私も作ったお菓子をおすそわけしたり、とてもいい関係ができた。

ただ自治会長の中島さんは、私が「逆龍(さかたつ)神社」と正しく読めたことに、
私をこの地域の歴史や伝説に興味がある。いわゆるレキジョ的なものと認識したらしく。
歴史探訪サークルの集まりに参加してみないかと、熱心に勧誘を受けてちょっと困った。

本社のほうでは、社長の姪、玉井(たまい)ミレイと例の大手取引先の御曹司が
交際をはじめたと、後輩のあかねちゃんから報告があった。
やっぱりあの花見の時の「いちご大福」がきっかけっぽい。

「納得いかないですー」と、ぶーたれていたあかねちゃんだが。
彼女自身、つきあい始めた彼氏との恋愛で忙しいので、
それ以上ミレイに対し、ヒートアップすることはなかった。
私はもとより何の興味もないことだったが。
これでもし本当に、社長の姪であるミレイと御曹司がうまくいって
我が社に有利な運びになり、我々社員に恩恵があるなら非常に喜ばしい。
むしろそうなって還元してくれやと切に願う。

児童公園のうしろの「逆龍神社」だが
ラジオ体操帰りに案内板を見たら。

「祭神 逆真久之龍岐彦命(さかまくのたつきひこのみこと) 」
と記されていた。

やはり、ほんとうにいらしたんだ。夢じゃなかった。
私が呼ばれたのは、こことは別のもしかしたら
異界にある「逆龍神社」だったのかもしれない。

でも、私はほんとうに龍岐彦さまにお会いした。
少々おっかなかったけど、あれは本格的な夏が来る前に遭遇した。
ちょっと不思議な出来事だったんだ・・・と思うようになった。

休耕田が多いとおもっていた棚田だが、今年の田植えのために、
水をたたえられた田んぼはけっこうあった。
そこに鏡のように映る空と山の美しさに、深呼吸をひとつし。
自転車を押しながら、風のわたるその風景に私は見とれた。

・・・と、こんなきれいに終わる話ならば良かった。

しかしこれは、嵐の前の静けさ、大時化(おおしけ)の前のベタ凪ぎにすぎなかったことを
私はすぐに思い知るのだった。
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