第1話 何読んでるの?
文字数 566文字
たとえ誰かが悪く言っても、彼の優しさを知っている。
それは、よく見えないかもしれない。教室にいても、いつも本と一緒。
それは、紙切れのような優しさだから。
二年A組の教室内。周囲を見渡しながら杉本未百合(すぎもとみゆり)は誰かの存在を確認していた。
いない。今がチャンスだった。この一瞬を逃すまいと、一人の男子生徒のもとへ近づいて行った。
慌てて本を閉じてタイトルを隠したのは、戸高直樹(とだかなおき)。
俯いたまま固まってしまった。それでも未百合はめげずに、
直樹は手を少しずつ動かしてタイトルを見せてくれた。少し心を開いてくれたのかと思って未百合は嬉しくなって、本のタイトルを読んだ。
直樹は何も言わず本をひっくり返してあらすじの部分を見せた。
未百合は少しだけ直樹に接近して、心の中で内容をつぶやいた。
直樹は首を横に振って、そのまま黙っていた。
もっと話していたかったけど、今この時間はここまで。
もうすぐ帰ってくるから、あの子が。