奴隷と主人の相互理解 3

文字数 1,437文字

「ごめん。不安だったのは、俺だ。もしもこの先でティリエが少しでも俺と一緒に来た事を後悔したらって、そう思ったら」
 きっと、そこには主人なりの考えがあるんだと思う。
 単なる悲観主義だって言えないのは、主人が人間じゃないからだ。そしてきっと主人の方も、自分が竜で、私が人間だから、こんなに不安だったり迷ったりしてる。
 大丈夫だって、口で言うのはきっと簡単だ。
 でもこんなに不安がってる主人にそんな上っ面の言葉を投げることは出来ない。上っ面でも私からそういう言葉をかければ、表向きこの主人はきっと納得するふりが出来るだろうから余計に。
 私が主人に出来ることは、そんなことじゃない筈。
「ご主人様。私は人間なので、竜の番の感覚というのはよくわかりません。でも、私としてご主人様に一つだけお願いしてもいいでしょうか?」
「何? 何でも、何個でもいいよ」
 尽くすのが本能、なんて平然と言う主人だから、安請け合いみたいな言葉が飛び出す。
「2度と、そんな、私に対して失礼な心配をしないで」
 私は主人の肩に顔を埋めたまま言い切った。
 驚いてなのか、体を離そうとした主人を私の方から引き寄せる。それでも主人が本気を出せば簡単に抜け出られる程度なのに、主人はそのまま動かなくなった。
「貴方が私と出会った事を後悔しないのと同じくらい、私が貴方と一緒に行く事を後悔する可能性は低いんです」
 私が竜の本能を知らないと言うなら、主人は奴隷の矜持を知らない。
 たった一度の契約で、自分の人生の残り全部を捧げる相手を決める覚悟を知らない。
 確かに本能と比べればそれは根拠から曖昧で、自由意志で翻意可能な薄いものに思えるのかもしれないけれど、少なくとも私の中のそれを軽く見積もることは、例え主人でも許さない。
「じゃないと……」
「じゃないと?」
 言葉を一度止めた私に、主人が同じ言葉を繰り返して続きを促してくる。
 迷うみたいに伸びてきた手が私の髪を軽く撫でた。
「じゃないと、わかっていただくまで、私に対し接触禁止とさせて頂こうかと」
「ええ!? ソレは困るっ」
 きっぱりと宣言した私に主人が動揺を見せるけれど、構わず続けた。
「困っていただく程度じゃないと意味がないでしょう。それ位、ご主人様の不安は的外れなんですし」
 主人を拒否するのは私としても心苦しいのだが、こうでもしなければきっとこの主人は何度でも繰り返す。私に言わないまでも、自分の中で何度も悩んで、心配するんだろう。
 私の見えないところでそんな不安を持ち続けられる方が許せないのだから、多少の心苦しさはこの際我慢するしかない。
 今後も触れたいと思うなら、そんな心配は2度としないで。
 私の気持ちをそんな風に軽く見積もらないで。
「どうしますか? 接触禁止にされたいですか?」
 …………言葉には出来ない分だけ、厳しい要求をする私を、嫌いにならないで。
「わかった、わかったから、すいませんそれだけは勘弁して下さい」
 主人の言葉に、泣きたいくらいに安堵して、私は顔を上げないまま主人の体に擦り寄った。
 変で、優しくて、人間じゃない主人。
 体温も匂いも、人間とはちょっとだけ違うけれど、言われなければわからない程度の違いしかなくて、その違いが私には心地いい。彼を主人に選んで良かった。
 人間じゃなかったけど、私にとっては唯一の主人。
 貴方が思うよりもずっと、私は貴方のことが好きなんですよ……貴方が私の妥協に乗ってくれるまで、絶対にこっちからは、言ってあげませんけど。
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