奴隷と主人の相互理解 2

文字数 1,227文字

 もちろん決して揶揄ったわけでも、嫌味のつもりもない。
 単純に純粋にそう思っただけだったけれど、この国の出身ですらない主人には説明しなければわからないだろう。その前に、と私は主人の手を引いて隣に座ってもらう。主人を立たせたままで会話をするのは本意ではない。
「この国で奴隷が成人にしか許されない職である理由は、何者かの庇護下にあるままでは奴隷が成立しないからです」
 他国では知りませんが、と前置きして。
「奴隷になる事を許されるのは少なくとも親の庇護下を抜けた成人。それは、新しい主人と契約するにあたって親子の縁は制度上ほぼ形骸化するからです。無縁とまではいきませんが、親との縁よりも主人との縁の方が優先される。それが奴隷です」
 親と離れたくないなんて甘えた思考を残したままでは、まず奴隷の市場に出されることすらない。
 主人が決まった以降は、2度と親に会うこともなく、死を看取る事も難しい立場となる事を奴隷は理解しなければならない。
 もちろん、奴隷制度に詳しくない者が奴隷になろうとする場合にはその覚悟が無い事もあるのだろう。しかし私の家は先祖代々奴隷である。親の姿を見て育って来たから、私にその覚悟が無い訳がない。 
「今生の別れならば、奴隷になる前に済ませて来ました。ですので、その心配は無用です」
 私に覚悟があったように、見送る両親にも覚悟はあった筈。
 だからこの先、2度とこの国に戻って来られなかったとして、それを私や親が恨むことはあり得ない。主人の常識から見ればおかしいのかもしれないが、私の家はそういう家だから、他に説明のしようがない。
「でも、ティリエは、この国を出た事もないんだろ?」
「そうですね」
「不安じゃないのか?」
 主人が向けてくれているのは、生家を遠く離れようとしている相手に対しての当たり前の心配だ。わかってる。わかっているのだけれど、あんまり心配されると奴隷としてはちょっと不本意な気分がしてくるものだ。気を配ってくれるのは嬉しいけれど、これが恋人ならまだしも、私はまだ奴隷なので。
 私は主人の手を取って、ぎゅっと握りしめる。
「不安だと言えば、貴方は私を置いていくんですか?」
「いや、あの」
 侮らないで欲しい。
 そんな薄い覚悟で、主人を決めていない。
「私を心配するなら、ご主人様がずっとお連れください。私は、貴方さえ居るなら、どんな所だって不安はないですけど、貴方がいないと人並みに不安を感じるんですから」
 怖いものがないなんて嘘は言えない。もし初めての場所に一人で放り出されるなら、私だって怖い。
 でも一人じゃないのなら。主人が一緒に連れて行ってくれる場所だったら。どんな場所でも、私は怖くない。足元が見えない暗い森だったとしても、遥か空の向こうだったとしても。
 でも、仮に一人で置いていかれるなら、この国の、親元であったって私は不安で落ち着けないだろう。
「……一緒なら、どこだって、大丈夫です」
 そう言うと、主人が私を抱きしめた。
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