主人の妥協範囲 1
文字数 1,285文字
私の提案に主人が選んだのは、私の気を変えることの方だった。
別にそれをとやかく言う気はない。主人が決めたのなら奴隷は従うだけの話。
逆に言えばそれだけ主人にとって本能は抗うのが難しいものなんだと理解した。どちらがより望みに早く到達するか、真剣に考えた上での結論なのだろう。
しかも主人は人間じゃ無いんだから、絶対に譲る気がない私の気持ちを見誤っても不思議じゃない。
自分の中の本能と私の希望、比較して私の方が折れるのが早いと判断した主人に対して、特に腹は立たなかった。これが仮に同じ人間なら少々腹が立っていたかもしれないけれど、主人が竜という種族であったのは大きい。
種族差っていうのはそういうものだと思う。
その程度乗り越える気が無くて、どうして一生を共に出来るだろうか。
仮にこの先一生互いに譲らなかったとしても一緒にいることは変わらない。だから違いを責めるより先、違う事実を受け入れることは重要なのだろう。
だから、それ自体は構わない、のだけど。
「ご主人様、何をされてるんですか?」
「ティリエの髪を梳かそうかと」
「自分で出来ますのでその櫛を渡してください」
「えぇ〜……俺がする」
手を差し出す私を無視して、勝手に髪を梳かしだした主人は、今日も竜の本能が全開らしい。
主人が自分ですると宣言した以上、その気持ちを己の希望だけで固辞するのは奴隷とは言えない……理屈はわかっていても、このもどかしさとむず痒さはどうしようもなかった。
あの日から数日。
私が買われた街を出て次の主人が依頼を受けた街まで行くその最中。野宿にせよ宿に泊まるにせよ、油断すればすぐに主人は私の世話を焼こうと待ち構えている。私も毎回断ろうとしているのだけど、奴隷なので最終的には主人の意向に従わざるをえない。
竜の世界の常識がどうなっているのかは知らないが、少なくとも主人にとって私の世話を焼くことは生き甲斐のようなものらしい。これが仕方なくしているならばまだ止めようがあるものの、常に嬉々とした様子を隠しもせずにするのだから、良い奴隷としては邪魔し辛い。
数いる主人の中には奴隷を人形のように愛でる事を趣味とする人もいるけれど、主人の場合は本能的な訳で、単なる趣味よりも止めることが難しそうだ。
……尽くされる覚悟、とはこういうことなのか。
「ご主人様。私はまだ貴方の番ではないんですけど」
「あぁ。まだ、な」
まだ、という言葉を強調しつつ髪を弄る主人の腕は、日々向上している。
元から器用な方らしく、何だかんだ言いながらも何でもこなしてしまう。
髪だけじゃない。どうやって着るのだろうと疑問に思うような異国の衣装だって、さらっと私に着せてしまう。しかも毎回、私が断ったり自分でやるより前に先回りする周到さ。
奴隷として学んできた私より多くを知り、学習も早く動きに無駄もないのは解決屋としての主人の能力の高さなのだろうとわかっているけれど、はっきり言って悔しいばかりだ。
今日も私の髪型に迷っている主人に、せめてこれが終わった後に主人の髪を整えさせてもらおうと思う以外、私が出来ることは何もない。
別にそれをとやかく言う気はない。主人が決めたのなら奴隷は従うだけの話。
逆に言えばそれだけ主人にとって本能は抗うのが難しいものなんだと理解した。どちらがより望みに早く到達するか、真剣に考えた上での結論なのだろう。
しかも主人は人間じゃ無いんだから、絶対に譲る気がない私の気持ちを見誤っても不思議じゃない。
自分の中の本能と私の希望、比較して私の方が折れるのが早いと判断した主人に対して、特に腹は立たなかった。これが仮に同じ人間なら少々腹が立っていたかもしれないけれど、主人が竜という種族であったのは大きい。
種族差っていうのはそういうものだと思う。
その程度乗り越える気が無くて、どうして一生を共に出来るだろうか。
仮にこの先一生互いに譲らなかったとしても一緒にいることは変わらない。だから違いを責めるより先、違う事実を受け入れることは重要なのだろう。
だから、それ自体は構わない、のだけど。
「ご主人様、何をされてるんですか?」
「ティリエの髪を梳かそうかと」
「自分で出来ますのでその櫛を渡してください」
「えぇ〜……俺がする」
手を差し出す私を無視して、勝手に髪を梳かしだした主人は、今日も竜の本能が全開らしい。
主人が自分ですると宣言した以上、その気持ちを己の希望だけで固辞するのは奴隷とは言えない……理屈はわかっていても、このもどかしさとむず痒さはどうしようもなかった。
あの日から数日。
私が買われた街を出て次の主人が依頼を受けた街まで行くその最中。野宿にせよ宿に泊まるにせよ、油断すればすぐに主人は私の世話を焼こうと待ち構えている。私も毎回断ろうとしているのだけど、奴隷なので最終的には主人の意向に従わざるをえない。
竜の世界の常識がどうなっているのかは知らないが、少なくとも主人にとって私の世話を焼くことは生き甲斐のようなものらしい。これが仕方なくしているならばまだ止めようがあるものの、常に嬉々とした様子を隠しもせずにするのだから、良い奴隷としては邪魔し辛い。
数いる主人の中には奴隷を人形のように愛でる事を趣味とする人もいるけれど、主人の場合は本能的な訳で、単なる趣味よりも止めることが難しそうだ。
……尽くされる覚悟、とはこういうことなのか。
「ご主人様。私はまだ貴方の番ではないんですけど」
「あぁ。まだ、な」
まだ、という言葉を強調しつつ髪を弄る主人の腕は、日々向上している。
元から器用な方らしく、何だかんだ言いながらも何でもこなしてしまう。
髪だけじゃない。どうやって着るのだろうと疑問に思うような異国の衣装だって、さらっと私に着せてしまう。しかも毎回、私が断ったり自分でやるより前に先回りする周到さ。
奴隷として学んできた私より多くを知り、学習も早く動きに無駄もないのは解決屋としての主人の能力の高さなのだろうとわかっているけれど、はっきり言って悔しいばかりだ。
今日も私の髪型に迷っている主人に、せめてこれが終わった後に主人の髪を整えさせてもらおうと思う以外、私が出来ることは何もない。