主人の希望 3

文字数 1,543文字

 主人の希望は把握した。
 完全にとはいかないかもしれないけれど、何を望んで、何に困っているのか、私なりに理解は出来たと思う。
 ならば奴隷として私ができるのは、その希望に沿う努力をすることだけだ。
 そのためにどうすればいいんだろうと思い始める私に、主人の方はまだ話を続けている。
「それでも完全な番になる前ならまだ、俺がどんなに望んだってティリエが俺を拒絶するなら、別れる選択肢もある」
「完全な番になる、というのは?」
 現時点でもう番だと言われても驚かなかった気はするけれど、どうやらまだ私は番にはなってなかったらしい。完全・不完全があるということは竜にとって番になる上で何か条件のようなものがあるんだろうか。
 人だって結婚一つとっても文化や宗教によって色々違いがある。
 竜だって違う筈だ。
 ならば番になることを求められている私は、それを知っておかなければならない。
 主人の言葉の一部が気になって訊ねた私に、主人は少し顔を赤らめて言う。
「互いの合意の上での性交渉」
「……ああ! 俗に言う初夜のようなものですかね?」
 要点のみを押さえた回答に納得する。
 確かにそれはまだ成してない。
 まだ出会って最初の夜だし、性交渉はまだ行ってない。頷く私に、主人は苦笑いした。
「そうだけど……ティリエってそういうこと平気で言える方なのか」
「真面目なお話ですので」
 冗談ならまだしも、自分の人生がかかった本気の内容に照れるも何もないのが私の本音なのだが、主人はそうでもないらしい。とはいえ、主人が如何に照れようがそれを揶揄ったりなどしないのが良い奴隷というものである。
 そういうものは個々人の価値観が濃く出るものだ。
「実体化した、竜の俺をティリエがダメだと思うなら、俺も引き下がる選択肢はあったんだけど」
「まさか契約を解除なさるおつもりだったんですか?」
「……本当の姿が受け入れられないんなら、俺がどれだけ一方的に想ったって番にはなれないだろ。番になれないままでもずっとそばに、なんてお互いに苦しいものだろうし」
 確かに。
 主人の言う番の条件がそれであるなら、一方的な気持ちでは決して成立しない。
 私には主人が主人である限り、どんな存在だろうが受け入れない選択肢なんてないけれど、人によっては「人間じゃない」というだけで拒絶反応を示す可能性はきっとある筈で。
 そんな反応を示して番になれないままの相手を、でも奴隷としてそばにおくなんて難しいだろう。
「もし、もしも私がダメだったら、ご主人様はどうなるんです? 次の誰かをお探しに……?」
 言いかけた言葉は、主人の手で止められる。
 明らかに口を塞ぐよう当てられた手は、力こそ全く篭ってない触れているだけのものだったけれど、どこか怒りすら湛えた目で見据えられて、私は己の失言を悟る。
 私の口に触れた指先はそのままで、主人は固い声で言った。
「竜の番に代わりはいない。望む相手が番にならなければ、孤独に滅びるだけだ。他を考えるなんてありえない」
 張り詰めた糸のような雰囲気に私の緊張も高まって指の先から冷たさが広がって行くのを感じる。口を塞がれ謝ることも出来ずに主人を見る私に、ふっとため息みたいな息を吐いた主人が口から手を離して、私を抱きしめた。
 すり、と耳元に擦れる音がする。
「ティリエは俺を受け入れてくれたから、俺はもうティリエを手放したくない」
 そのまますりすりと懐くみたいな動きで主人が私に触れるので、私もそっと主人の背中に触れる。
 竜の姿とは違う、服の感触。その下の肌の温もりまで、まるで人間みたいに伝わってくる。
 そういえば竜になっている時って服はどうなってるんだろう、なんて場違いな事を考える私を現実に引き戻すような主人の囁きが届いた。
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